いぬごや

よくはたらくいぬです

並行世界のベランダ

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年始休暇最終日。仕事始めの英気を養うために、パートナーとスーパー銭湯的な温浴施設に出かけた。露天風呂やサウナを順番に楽しんだけど、なかでも汗蒸幕(はんじゅんまく)という岩盤浴がなかなかおもしろい。高温に暖められたドーム状の小部屋で円形に座り、大きなタオルを頭からかぶってじっと座る。誰も喋らないし、皆教えられたわけでもないのに従順に同じ格好でおとなしく座っていて、なにかの生贄の儀式みたいだ。

温泉やサウナでホカホカに茹だった身体に、小グラスのビールを流し込んで大好物の天ざるうどんを食べる、定番の至福のひととき。スパでとる食事はやっぱりこれが一番いい。きんと冷たく締められた細麺をつるんと飲み込んで、そこに熱々のれんこんやししとうが火をつける感覚。風呂上がりには瓶のフルーツ牛乳を飲んだ。連れ合いが同性だと、脱衣所やサウナでもずっと一緒にいられてとても楽しい。

帰りに、今の家に越す前に住んでいた町を散歩した。朝陽の眩しい東向き、あのましかくの部屋があるキャラメル色のアパートの前をパートナーと手を繋いで歩く。かつて暮らして心から愛した部屋には知らないカーテンがかけられて、とっくに誰かのものになっていた。鉢植えオリーブの枝が揺れて紺色のカーテンが見える、あのベランダの外観を好きだったことを思い出す。商店街の店も少しずつ様変わりしていたけど、住宅街のあちこちで鈴なりに揺れるこがね色の蜜柑や柿は記憶のままで、パートナーと出会わなかった世界線の自分を垣間見たような気持ちになった。

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仕事始め。年末に上司に渡そうと思って用意していたものの、見事に家に忘れてきた「今年も一年間ありがとうございましたギフト」をラッピングし直し、お年賀として恭しく献上した。私の上司は心優しい虎のような女ボスで、誕生日に紅茶缶やゴディバのチョコレートをこっそり渡してくれたり、仕事のねぎらいに高級焼肉セットをプレゼントしてくれたりと非常に可愛がってもらっている。年末に渡しそびれた良心が痛むけど、素敵な和ピクルスの瓶詰ギフトを贈れてよかった。お世話になった人への贈り物を考えるのはすごく楽しい。

年末に人生初のパーマをかけて羊のようになり、新たないでたちで意気揚々と出社したら、年末年始で部下たちがめちゃくちゃコロナに罹っていた知らせが一気に届いて泡を噴いた。その諸対応で午前中が消し飛び、波乱の幕開け。みんな健康であってほしい。

夕飯はちらし寿司と青菜の味噌汁。正月に大量に作った干し椎茸の旨煮、ふるさと納税真鯛の漬け、茹でえびやアボカドを乗っけたらけっこう豪華になった。卵は錦糸よりも、お寿司屋さんで出てくるようなじゅんわり甘い厚焼きをサイコロ切りしたものが好き。

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正月の残りのローストビーフを、レタスとクリームチーズでサンドイッチにしてお弁当に持っていったらなかなかおいしかった。自分で作った手製のサンドイッチがわりと好き。レタスハムサンドとか卵サンドとか、ウインナーの脇にケチャップがけスクランブルエッグを詰め込んだロールパンのホットドッグとか。そういうのを始業前のデスクで頬張ると、暮らしと仕事がシームレスに繋がる気がしてスイッチが入りやすい。

今日からしばらく部下との定期面談が続く。生徒の進路指導みたいなもので、する側もなかなか気力がいる。夜は昆布とバターと塩のやさしい和ポトフを作って食べた。白菜・かぶ(大根でもよい)・ウインナーをコトコト煮るとすごくおいしい。昆布だしとバターの控えめでまろやかなうまみが身体に沁みていく。粒マスタードでちょっと引き締めるのも合う。

すごく行きたいわけでもない仕事づきあいの新年会が近々やけに続くので、元気を出すために黄色いチューリップの束と、半額になっていたリンツのリンドールチョコレートの詰め合わせを注文した。チューリップは日頃愛用している切り花のサブスクサービスで、たまにどっさり束で買えるときがあるのでそこで頼んだ。家に飾る切り花のなかでもチューリップが一番好き。驚くほど水を吸うし、最初つつましく閉じている花びらがどんどん開いていくのもおもしろい。台所、リビング、パートナーの仕事場にちょっとずつ分けて飾ろう。