いぬごや

よくはたらくいぬです

太陽のシロップ

ある雨の日

夜中から翌日の日中まで半日以上大雨が続く。こんなに雨が降るのはすごく久しぶりな気がする。寝室のレイアウトの都合上、私の枕元には庭に面する大きな窓ガラスがある。雨樋がすぐ近いからか、粒感の大きい滴るようなみずみずしい雨音がひと晩中よく聞こえた。人肌よりかすかに冷たい春先の雨水が、頭の中までひたひた浸水してくるような心地。在宅勤務で家にいられる日の大雨はどちらかというと好きなほうなので、起きてからは半端な天気の日よりむしろ仕事が捗った。

朝食はパン屋で買っておいた食パンのトースト、バターとハム、いちじくジャムをかけたヨーグルト、バナナ。普段は卵やウインナーを焼くけど今朝は火を使うのをさぼった。マーガリンの混ざっていない純正バターはパンが冷めてからもおいしくて、上に重ねたぺたりと冷たいロースハムによく馴染む。仕事の記事を書きながらコーヒーと黒烏龍茶と水を飲み、しゃりしゃりの糖衣が甘ずっぱいレモンケーキをひとつ食べ、昼食には昨日の残りもののにんじんのかきあげを丼にして食べた。親子丼の要領で、天ぷら(特にかきあげ)をオニオンスライスとだし汁と卵でとじてごはんに乗せると、衣がぷわぷわに甘くとろけてすごくおいしい。

出社日にスープジャーに詰めて持っていけるよう、夜には家で一番大きいホーロー鍋で野球部の合宿みたいな量の豚汁を作った。里芋と大根がホクホクに煮えて嬉しい。できたて熱々の豚汁、たけのこと菜の花のごま油炒め、たれとすりごまを絡めた鯵の刺身と大葉(ごはんに乗せて食べる)、ゆずを絞った小茄子のつけもので夕飯。渋いメニューだけどどれも私の大好物で、ミイさんとおいしいねと言い合いながらあっという間に完食した。今日は仕事をしながら三食ともきちんと作れて偉い。

太陽のシロップ

最近、気が付けば手製の苺ジャムやレモンシロップの瓶が冷蔵庫内に少しずつ増えてきた。あんまり甘くなかった安売りの苺や、実が半端にひとつ余ったベランダ自家製レモンなんかを使って暇つぶしをした結果。その日に食べたいものをその日に決めたいから基本的におかずの作り置きの習慣はないけど、果物をどうこうしたものを瓶に詰める作業は視覚的な満足度が高いから好き。先日仕事で梅シロップを作る機会があって、完成までの面倒をみるために持って帰ってきた小瓶も冷蔵庫内にいくつか並んでいる。キロ単位ではなく、少し大きめのジャムの空き瓶を複数使って数粒ずつ漬けた。

あんまり本格的にやってはいないが、梅シロップを作る年は冷凍の完熟梅をつかって漬けることにしている。数年前に一度試してみたらものすごく果汁の出がよくて味を占めた。あんまり世話しなくていいもの(サボテンの水やりとか、チキンや野菜に焦げめをつけるためにじっと触らず置いておく工程とか)をつつきまわしてだめにしがちな人間にとっては、気長な熟成工程に至る前の、とりあえず一旦完成したからもう食べようと思えば食べられるよ状態に到達するのが早くてとてもありがたい。

完熟梅は色もきれいでいい。プラムやネクタリンによく似ている。今年は手軽に氷砂糖じゃなくきび糖で作ってみたら、すぐに果汁が滲んで太陽みたいな琥珀色の蜜が滴りだした。

むっちり蜜漬けになった梅本体を早く摘まみたい。シロップよりむしろそっちが好きだ。大粒の苺ジャムは朝食のバタートーストに塗って早々に食べ切り、レモンシロップはまだ砂糖の粒が少し残っていてしばらく様子見。レモネードにしてもいいけどあっというまに飲んでしまいそうなので、浸かったレモンスライスごとバニラアイスにかけて食べる日を待ちわびる。

弾ける結晶

休日に明確な目的を持ってKALDIに行き、店内をうろうろ回遊せず、目当ての蜂蜜と塩だけを買ってすみやかに退店することに成功した。はじめから買うものを決めて行かないと、ワインやエスニック食材や瓶もの調味料の棚でえらい目に遭うことを骨身に沁みて知っている。

ここ数日読んでいる料理指南エッセイで「基礎調味料にこそ投資すべき」という教えをあらためて得た。365日料理をしている食い道楽の兼業主婦なのでこれはかなりわかる、心からそう思う。1000円以上の塩を使うだけでかなり明確に世界が変わる。でも自分は物価高騰にメソメソしているしがない雇われ人でもあるから、ろく助の塩や麹味噌あたりは導入済みなものの、消費の早いバターや液体調味料はまだグレードを上げきれないでいる。とりあえず今日は気になっていたマルドンのフレークソルトと、ドレッシングの材料や調味に使うチューブ型蜂蜜(トーストやヨーグルトにかけて食べる瓶の蜂蜜はラベイユを愛好している)をみつくろった。

冬に友達の家でマルドンの塩をはじめて口にしたときの衝撃が忘れられない。バターでさっと焼いた卵とえびをフライパンで作ったトーストに乗せてもらい、そこにフレーク状の塩を散らして食べると、口の中でごく小さな結晶がサクッと弾けてまろやかな塩味が瞬間的にひろがる。普段愛用している塩は雪のようなさらさらパウダー状なので、この澄んだ鋭角の歯ざわりと、小さな破裂にも近い味の爆ぜかたにぶったまげた。甘めの食材に合いそう。蒸したじゃがいも、焼いたかぶ、茹でたスナップえんどうなんかにぱらっと散らして食べたい。外国の洒落たチョコレートタブレットや煙草のパッケージみたいな箱のデザインもいい。

KALDIからさっさと退散し、スーパーマーケットで春巻きの皮とカレー粉と粉チーズ、八百屋でれんこんとズッキーニを買い、ずっと仕事をしているミイさんが「コーヒーでも飲んどいで」とくれたお小遣いでありがたく上島珈琲店に行ってアイスウインナーコーヒーを飲みながらこれを書いている。先ほどから雨が降ってきた。今日は昼間の気温が高かったのでそう肌寒くもない。春特有の甘い雨の匂いと、梅雨のような鬱陶しさのない、なめらかに肌を撫でていくここちよい湿り気はけっこう好きだ。