いぬごや

よくはたらくいぬです

春雷をのむ

暮れのファミレス

ミイさんとサイゼリヤに来ている。ファミレスや喫茶店にガジェットや紙や筆記具、文庫本を持ち込み、長居するにあたっての礼儀として過不足ない程度の追加注文をしつつ、二人それぞれ作業をしながら過ごす日が結構ある。就業時間以外に断固パソコンを触りたくない派なので、こういう外出時はiPad miniと薄いワイヤレスキーボードを持っていくけど、slackやドキュメントのアプリが入っているからその気になれば全然そのまま仕事できてしまう。泥臭い制作プロダクションにいたときはローカルデータや紙資料だらけでまったくそうはいかなかった。オンオフの切り替えがいよいよ意思だけに左右されるようになったなとよく思う。

今日は朝兼昼食が軽くておなかが空いていたので、茹でグリーンピースに削りチーズがかかったのや、たまねぎのズッパ(具だくさんのオニオングラタンスープ)、トマトチキンサラダ、ラム肉と野菜を焼いたのなんかを作業前にいそいそと食べた。私は「柔らか青豆の温サラダ」のことを心から愛している。叶うことならパスタやドリアの大皿にたっぷり盛られた豆を、大きなスプーンですくってずっと口に運び続けたい。噛むとここちよくぷつぷつ弾ける、あたたかく薄青い豆の甘みにほのかな塩気。温泉卵の黄身がとろっと絡んだところ、白身がぷるんと乗っかったところ、削りチーズがまぶされたところ、何もかかっていないプレーンなところを順々にすくって食べるとあっというまになくなってしまう。

住宅街にある平日夜のサイゼリヤは、ノートパソコンや書籍を開いたその手前にペペロンチーノや鉄板焼きハンバーグを大切そうに抱え込んで、赤ワインを飲みながら真剣にむしゃむしゃと食べているスーツ姿の男性がとても多い。まずジョッキのビールを飲み、後からゆっくりと羊肉の串焼きや辛味チキンなんかを摘まんでいく飲酒目的の男性も目に入るけど(すごく幸せそうで羨ましい)、ドリンクバーを取りにいくときなんとなく見渡してみたら圧倒的に前者が多かった。害のない音量と曲調のクリスマスソングがずっと流れ続けている。若干の非日常感が気持ちをほんの少しだけ浮つかせる、暮れの季節のファミレスが好き。

雑煮にルーツなんてなくてもよいのだ

自分が作るお雑煮のことをよく「野良雑煮」と揶揄する。県民性とか実家の味とかとまったく関係のない、ある年の大晦日に偶然できてしまったなんのルーツもないレシピだから。でもとてもおいしい。干し椎茸をひと晩水につけて戻したたっぷりの出汁に、風味が出るまで空炒りしたえびの頭(年越し蕎麦にのせる天ぷら用えびから拝借)を入れてしばらく煮込んで、少しの塩と醤油で味を整えたらできあがり。鶏肉とか青菜、冷凍でよいので里芋、あとこんがり焼いたお餅を入れて、刻んだ柚子皮を散らして食べるとなかなか手の込んだ味がする。

年越し支度はちゃんとしたほうが落ち着く

このたびの年越しはさして特別なことはしなかったけど、台所を磨きあげたり、雑然としていた収納をひっくり返して整理したり、そういう埃っぽいことはできるかぎり済ませた。庭の南天の枝を切って飾りつけて、ミイさんが買ってくれたおせちに合う日本酒を見繕い、和室のこたつのそばにストーブを持ってきて暖かくぼんやりと過ごす。たこの煮つけの端っこやスモークサーモン、鮑の旨煮にいくら、そういう海鮮おせちの残りものを、日本酒に飽きてきた三が日の終わり頃に酢飯にのせてかき込むのが豪華でよかった。

一年のふんわりした目標を正月ではなく誕生日に立てる派だから、今このタイミングでさほど何かを決意したわけではないけど、堅実に穏やかに暮らせればいいなと思う。いつの間にか30代を迎えた。仕事や家事でいっぱいにならず、平日の夜に「さて」と熱いお茶を淹れてパートナーとなんでもないお喋りができるような余裕を持っていたい。三が日には初詣帰りにミイさんと近所の大きな公園にでかけ、池のボートを眺めながらフランクフルトソーセージを食べた。

しずけさと蜜菓子

出かけるミイさんを朝の散歩ついでに駅まで見送ったら、ミスドでドーナツを買ってくれた。ちょっとした食べ物を買ってもらえると心が一瞬子どもに戻ったようで嬉しい。友人宅に仕事を持ち込んで喋りながら終日過ごすようで、私に買ってくれたのとは別のドーナツを手土産に改札の向こうへ消えていった。えびグラタンパイ、ハニーディップ、オールドファッションハニーの袋を提げながら近隣をジョギングして帰る。インスタントコーヒーを使って甘くないカフェオレをつくり、えびグラタンパイを軽くトーストして、午前中やけに陽あたりのいい仕事部屋に持って行って食べた。甘いのも欲しくなったのでそのままオールドファッションハニーも。蜜がけのお菓子が無条件に好きでよく選んでしまう。

処方されている薬の量が合わなくてその日はろくに動けず、電気毛布にじっと包まっていた。気づいたら外が真っ暗。何も食べずにいたらエネルギー不足を感じたので、朝買ってもらった残りのドーナツに手をつける。冷えたハニーディップドーナツからは陽なたの気配がしない。ただひんやりと軽く、輪の形をしてそこに存在している。ベッドのなるべく際に腰掛けて、キッチンから素手でつかんできたハニーディップに噛みついた。糖衣のかけらがこぼれないよう慎重に食む。表面の脆い薄氷が割れ、カシュ、と芯のない食感の甘い輪が口の中に一瞬で消えていく。どうにもできない気持ちが少し薄まる。こんな夜があってもいい。ミイさんが淹れた熱いコーヒーを飲みたいと思った。

薄曇りの日

うちは賃貸の一軒家だ。中こそリノベーションされていてそれなりに感じがいいが、外回りの手入れにいつも苦労する。猫の額よりはちょっと広い程度の庭に去年除草業者を入れてさっぱりさせたんだけど、そのぶん固い土がほぐれて耕されてしまった的効果が出たのかなんなのか、この一年で雑草がそれはそれは生い茂った。ジャングルの一角から直方体に切り抜いた空間をうちの庭にそのまま置きましたよ、という趣き。本当に窓の外がみっしり埋まるので冗談じゃない。植えてもない草が茎というか幹の規模までどっしり育っていて普通に怖い。

これは家の中から様子を見ている甘露

その一群がようやく秋冬を経て枯れて、嵩が7割くらいに萎び、素人でも手出ししやすそうないでたちになった。休職中で時間だけは有り余っているうえ、陽射しとか土とか草とかそういうのに触れたほうが心身によいだろうと思い、数時間かけて自分の背丈よりも大きい枯れ草を切ったり毟ったり束ねたりした。こういう土と枝と葉をさわる作業がけっこう好き。うちの白黒猫の産みの母(避妊手術だけ面倒をみたが外で好きに生きている野良猫)が横でずっと見ていてくれた。暗くなるまで黙々とやっていたらミイさんがお風呂を沸かしてくれたので、疲労と土埃にまみれた身体で、熱いシャワーを浴びて湯船に浸かった。乾燥しきった皮膚に清潔な水分がしんしんと染み込んで潤う。愛読書『砂とアイリス』のことを思った。

雨の日のホットドッグは熱々がいい

復職が近い。どのみち朝が遅い職種なので無理に早寝早起きを試みたりはせず、午前中に洗顔・着替え・朝食が済んでなにか活動を始められていたらよし、という緩いルールで残りわずかな日々を過ごしている。今朝は天気が悪く肌寒かったから、トマトチキンカレー(元々は家で一番大きい鍋で作ったミネストローネの残りにカレールーを入れたもの…が大量すぎてさらに余っている)をだしで割って卵を溶き入れたカレーうどんを作った。洋風とも和風ともいえないスパイシーな味が予想をはるかに超えたおいしさで、ミイさんと興奮しながら汁まですべて飲み干した。指先までじんじん暖まる。我が家ではこういう複数回のリメイクを経たカレー派生料理をキメラカレーと呼んでいる。大体すごくおいしいのだけど再現性が致命的に低い。

雨が降りやまないので午後は本を持って近所の喫茶店へ行き、ホットドッグを食べてコーヒーを飲みながら長時間ぼんやり過ごす。昔映画館に勤めていた時、売店のホットドッグが作り置きだった記憶が色濃いせいか(それはそれでチープな味で旨かったが)店で提供されるホットドッグがパンもウインナーも焼きたてだとそれだけでとても嬉しい。平日の半端な時間の店内を見渡すと、ノートパソコンを開いて仕事や勉強に励む身綺麗なお姉さんがちらほら目に入り、素直に「あれに戻りたいな」と思えた。こんなにめちゃくちゃな天気と気圧なのに、年始ごろに散々悩まされた鬱症状がもうさほど出ない。雨の日割引がある八百屋で、復職前後のために豚汁の材料や好きな野菜を買い込んで帰った。適度にやっていこうや。

春雷をのむ

去年ソーダストリームを導入して以来、辛口のジンジャーシロップを常備するようになった。色んな銘柄を試した中でもこれは辛さがかなり刺激的で、喉を細かい稲妻が駆け降りていったみたいにびりびり痺れるところがいい。薄いグラスに氷をいっぱい入れてジンジャーシロップと冷蔵庫に残っていた白ワインを注ぎ、淡い炭酸で割ったものを夕飯後に飲んだ。季節外れの初夏の熱が少し残って輪郭のやわい風が通る、ちょっと夢みたいに気持ちのいい夜にぴったりの飲み物。明日からはまたはっきりしない天気に戻るようで名残惜しい。先日なんとか復職したけど、寒暖差や気圧の変動がめちゃくちゃ体に響くのでどうか早いところ天候が安定してほしい。

せっかく調子がいいので何か気分の上がるものが欲しいなと思っていたら、フルーツキャンディを溶接したようなカラフルな色ガラスのデザートスプーンセットと、トルコブルーと透明の切り替わりが美しいバイカラーグラスを見つけてしまい、まったく抗えず流れるように購入した。でも本当に好みに合う食器に目がとまったときの興奮というのは、何にも代えがたい。悩む時間なんて一瞬もなく、その食器にぴったりふさわしい食べものを乗せた姿が鮮明に浮かぶ。私の視界に入ってくれてありがとう。真夏になったらこのグラスにバニラアイスや杏仁豆腐を盛って、光に透かしたりしながら吟味した好きな色のガラススプーンで食べたい。夏を想ってする買い物はいつも心を数ミリ宙に浮かせる。仕事が佳境のミイさんに付き合って夜更かしして、江國香織の『冷静と情熱のあいだ』を数ページ読んで眠った。

舌でたどる記憶

去った街で焼き鳥を食べる

春まで勤めていた会社のごく近くにある、私が辞めてからできた焼き鳥屋が妙においしい。レバーがすばらしく新鮮で、つくね(串団子型ではなく五平餅型)のコリコリじゅわっとした食感がたまらなく、すべての串が絶妙な加減の塩で出てくる。薄く広げたマッシュポテトの上にいかの塩辛をのせて炙ったのや、れんこんのカクテキに桜海老を和えたのとか、一品料理もちょっと気が利いていてお酒によく合う。

その日は仕事のあとにわざわざ前職オフィスのそばまで出かけていって、懐かしい街の知らない焼き鳥屋で元同僚と飲む、というややこしいことをした。過去に勤めていた会社がある街っていうのは、一度住んだことのある街とすごく質感が近い。あのとき道を変えずにそのままその街で過ごしている、違う選択をしたほうの人生にいる自分を疑似体験したような心地になる。好ましく感慨深い気持ちになるけど、この街でお前のなにかが新しく始まることはもうないから用が済んだら帰りなさい、と言われている感じ。

元同僚とさして内容のない話で笑い、串焼きをお腹いっぱい食べ、月曜の夜だというのにお酒もよく飲んだ。今の仕事と暮らしを愛せるようになったからもうこの街に戻りたいとは思わないけど、焼き鳥屋が居抜きで入る前にあった今はなき馴染みの串カツ屋を偲んで、揚げものは頼まなかった。

いつか読んだあのお茶

うちの台所には、冷蔵ではない飲みもの全般を入れるための籠がある。毎日飲む麦茶やルイボスティーの水出しパックに、ココアやチャイラテの粉、顆粒昆布茶とかがかなり雑多に放り込まれているんだけど(コーヒーは別枠なので別途住処がある)、先日その中から貰いものだということ以外一切の覚えがないお茶の袋を発掘した。私もミイさんも手土産やちょっとしたプレゼントでよくなんらかの茶葉をもらうので、そのうちのどれかではある。

外箱を捨ててしまったあとで、銀色の袋にはラベルが貼られておらず何のお茶かまったくわからない。封を切ったらティーバッグが詰まっていて、タグにルピシアのロゴを見つけたから「少なくとも紅茶あるいはハーブティーだ」ということだけはわかったけど、茶葉の名前やフレーバーは書かれていなかった。薄紫の花びら、おそらくカモミールの真ん中の黄色いもけもけしたの、レモングラスっぽい草。熟成や焙煎をされていない、硬質で涼しげな香りがする。アイスティーを淹れようと思って籠を漁っていたので、とりあえずそれらしい飲みものを生成することはできるだろうと思って熱湯を注いだ。

その途端、想像からかけ離れたミントブルーがさっと広がる。水彩の筆を洗ったあとの色水みたいに鮮やかな色。湯を足すにつれて淡い緑に変わっていって、氷で急冷すると最終的に薄いレモンイエローになった。飲んでみると薄甘く、清涼感がありながらも輪郭がやわらかくて香り高い。昔、宮部みゆきの小説『ブレイブ・ストーリー』の中でとても好んでいた描写にこんなものがあって、それが一言一句違わず脳裏に浮かんだ。

木をくりぬいて作った器に満たした、ほんのりと甘く美味しい水
皮のパリパリした丸いパンと、ペパーミントの香りのするお茶

気に入ったのでなんとかして買い足したくなり、ルピシアオンラインショップの膨大なページを端から端まで辿ったら『マッカリヌプリ』という北海道限定フレーバーがそのハーブティーの正体だとわかった。ミイさんがあとになって「そういえば北海道に行った友達から何かもらったかも」と解像度の低いことを言う。小説で読んだあの夢みたいにおいしそうな水やお茶は、たぶんこんな味がする。

やましい晩餐

ミイさんがお酒を飲まない少食で、さほど手の込んでいない私の料理を好んでくれているので、我が家は外食頻度が低い。行くとしても近所の蕎麦屋や回転寿司みたいに、さっと食べてさっと出る店がほとんど。なので時々食べでのあるイタリアンや中華が猛烈に恋しくなる。

少し年上の、同じ名前をした友人がいる。昔ケーキ屋で一緒に働いていたときからの仲で、食べたぶんだけちゃんと太る私と異なり、私より食べるのにいつでもすらっとした草食動物のような体つきをしている。
先日、天気のいい日に川辺の街にあるイタリアンバルに行って、二人でずいぶん色んなものを平らげた。前菜盛りあわせ、ラムチョップ、レバーパテ、生牡蠣、オムレツのポルチーニ茸ソース、牛すじのラグーパスタ。舌で甘く溶ける脂やバターの熱い塩気が、脳髄をじいんと痺れさせるような重量のあるうまみ。シャルドネアイスワインがすいすい進み、食後にはデザートのタルトを食べてエスプレッソも飲んだ。ミイさんとだとこうはいかない。

彼女と恋愛関係になったことはないけど、鮮烈に記憶に焼きついているシーンが今でもたまにふっと脳裏にうかぶ。煙草の先を寄せて火を分けあった暗い砂浜。真冬の海浜公園で水筒から注いで飲んだハチミツ入りのコーヒー。雨にけぶるビニール傘の向こうに煙草のけむりが揺れていた、蛍光灯が白くひかる深夜のコンビニの駐車場。彼女はマッチで火をつけて、キッチンの換気扇の下で煙草を吸う人だった。アパートを更新することがなく引越しを重ねていて、ひとつの街にまったく居着かない。昔終電を逃して泊めてもらった家や、外国のお酒の青い瓶を窓辺に飾っていた家がいくつ前の住まいかはもうわからない。

パートナーに言えないことは誓ってなにもしていないけど、胃袋で浮気をしているような若干の後ろめたさ。ビアンなうえに友人関係が深く狭くとてもウェットなので、このあたりの心理的線引きがなかなか難しい。ミイさんの好きな無添加のドライフルーツを買って帰って、翌日は生野菜を多めに食べた。おそらくそう遠くなく、ミイさんと同じようにイタリアンが重いと感じるようになる。

サマーエール

ちゃんとしたサラダ

仕事でちょっとした物撮りをした。春に新しく買ったウッドデスクのおかげで撮影の難易度がちょっと下がったけど、我が家は圧倒的に壁が足りない。なにを撮るときもとにかく背景に困る。机とランプとさりげない植物だけ…みたいなミニマルで情報量の少ない部屋で暮らしたいとはつねづね思うものの、毎日の仕事を支えてくれる便利なワイドモニターやミイさんの昇降デスクは、たくさんの無骨な配線のおかげで息をしている。文句は言えない。

じき30代になったら、ロケ隊時代ぶりになるけど、カメラをちゃんと触ろう。いまどきのスマホカメラの性能はすごいし実際になんとか事足りてるけど、ものを書く仕事にはどうしても写真がつきまとう。記事も手がけるライターになって痛感した。コントロールの効く領域を広げてもっと楽しみたい。

夕飯は豚しゃぶ肉とレタスをさっと茹でて梅バターで和えたのと、かぶときゅうりのスモークサラダ。先日ミイさんの友達がお裾分けしてくれた燻製オリーブオイルが異様においしくて、オイルと塩と黒こしょうで野菜や豆を和えただけのシンプルなサラダが最近一番おいしい。塩で軽く揉んだ野菜の水分を一度しっかり切ってからオイルを回しかけて、黒こしょうをガリガリとたっぷり挽くと、水っぽくならずに必要最小限の塩味がつくし、こしょうの香りの粒感が際立って「ちゃんとしたサラダ」の味になる。

初蝉とアイスコーヒー

めちゃくちゃたくさん書いた。記事複数本のライティングともろもろの調整が重なって、頭のいろんなところをずっと同時に使ってるような日。スケジュールがすごいことになってきた。進行管理の仕事をしていたことがある(好きではないが適性があって得意)からさして苦ではないけど、経験なかったらしんどいだろうな〜。こういうときに社会人としての自分の成長と、業務の向き不向きみたいなことをひとごとみたいに妙に冷静に感じる。ライターが会社に自分ひとりしかおらず、入社後しばらく経ってのびのび動けるようになったこともあって、最近なんだかもはやフリーランスに近い。

今週は月火水が在宅勤務。暑くなってきたし本当に助かる。睡眠をしっかりとれて、化粧や汗や満員電車の苦痛なく体力フルゲージ状態ですぐ始業できて、多少遅くまで働いても次の日に響かない時間に夕飯を食べられるなんて、どう考えても仕事の効率が上がってしょうがない。合間でお風呂とか入れるし。前職は脳筋営業気質が根強かったこともあって、制作部署の在宅勤務への理解がなんだか情けなくなるほど薄いのがすごくストレスだった…ありがたいな〜と思いながら伸びてきた髪をてきとうにくくって、近所着のざっくりしたデニムを穿き、人目を気にせずせっせと働いている。

夕方にミイさんが淹れてくれたアイスコーヒーを、黄色いガラスストローをカラフェにさして直にごくごく飲んだ。濃くドリップしたコーヒーをたっぷりの氷で急冷する作り方のアイスコーヒーは、ただ冷蔵庫で冷やしただけのものと違って、喫茶店のようなきりっと香ばしい味がしてすごくおいしい。冷房をつけているのにあまりに暑くて氷がまたたくまに溶ける。今年初の蝉の鳴き声が少しのあいだ聴こえてきたけど、たぶん一匹だけで、気づいた頃にはもう止んでいた。夕飯は焼き餃子。酢こしょうをたっぷりつけて食べた。

再会とサワーエール

キッチン・商品開発チームとの定例会がある金曜は、試食が多くてなんだか楽しい。小腹が空いても社内にある食べもので食いつなげるのは普通に助かるし。転職してからの通勤経路にすっと自然に入れるコンビニがない(わざわざ横断歩道を一本渡ったり、分岐した道の先に行って戻ってきたりしないといけない)のもあって、ちょっとした食べものを買う無駄遣いがかなり減った。グミとかを久しく食べていない。

三連休明けの自分のために細かい仕事を片づけ、親友ともいえる前職の元同僚とクラフトビールを飲みに行った。ビールだけじゃなく、少し変わったジンやリキュールの品揃えも豊富ないい店。空芯菜を炒めたのと、驚くほどしっとり柔らかい塩麹のジャークチキン、クラフトビールに合うように作られたらしいピクルスなんかを摘まみながら、夏らしい味のするビールを色々飲んでとりとめもなく話した。テクスチャのとても細かいシュワッとした酸味を感じる、サワーエールというのがとてもおいしい。

柑橘みたいな酸味のエール

この元同僚とは、前職にいた数年間のあいだで数えきれないほど一緒にお酒を飲んだ。隅田川にほど近い真夏の老舗クラフトビアバーで、燻製のローストポークがおいしい地下の洞穴みたいなクラフトビアバーで、小さい店構えだけどタップが多くてフィッシュアンドチップスがおいしい穴場のクラフトビアバーで…色んな店に行ったけど、思い返すと本当にビールばっかり飲んでいた気がする。

どの夜も、飲んだり食べたりしながらとことん語り尽くした。好きなものの話や日々の愚痴、各々のパートナーのこと以外にも、信条や美学や人生について、他の人にはこっ恥ずかしくて(あるいは望ましくない温度差を感じて)言語化をはばかられるようなことのすべてを話した。会話の密度という側面では、間違いなくミイさんやハチを上まわるはず。

沖縄のリキュールと黒糖をミルクで割ったカクテルを締めに飲んで、ぬるい夜風を楽しみながら帰路についた。三連休はなにも予定がない。この日はそもそも月末に元同僚たちと行くバーベキューについての打ち合わせのために会ったから、気持ちが真夏にぷかぷか浮いて飛んでいくみたいな夜だった。

よく寝たね

休日の朝はピザトーストやホットドッグのような、少し手のかかる浮かれたパンを食べたくなる。コッペパンと長いシャウエッセンを買っていたので、シンプルなホットドッグを朝食にたくさん作った。粒マスタードを効かせてキリッと目の覚める味に。

午後、新しい洗濯機が家にやってくる。同棲前からミイさんが10年ほど使っていたドラム式洗濯機がいよいよおしまいな感じになってきたので、満を持してお迎えした。10年のあいだにおそらく飛躍的に機能が向上したのか、すばらしく静かだし乾燥にかかる時間もどえらく短い。業者のセッティングが終わったあと、わざと溜めておいた洗濯物をいそいそと入れて、洗濯機がまわるのをミイさんとふたりで眺めながら「おお…(期待)」「おお…(感嘆)」とにこにこする平和な時間。

そんなことをしているうちに眠たくなってしまって、夕方の変な時間にかなり長く昼寝をしてしまった。20時をとうに過ぎて目覚めたらお腹を空かせたミイさんがピーピー鳴いていたので、買い置きの袋麺を作って一緒に啜る。もやしのナムルと茹でたほうれんそうをたっぷり盛って海苔を乗せただけでも、ラ王の醤油ラーメンはおいしくてえらい。

洗濯機が働いてるのを見てインスタントラーメン食べただけの日だったな…と思いつつ、祝日のない6月とここ最近の激務を頑張って乗り越えたね〜と自分を甘やかしたい気分になって、1mmほどのとても華奢な金のバングルを注文した。白いざっくりしたシャツを着る日とかにつけようね。こういう日があってもいい。

南国果汁2%

アイスは夜道で食べるからおいしいのだ

歩きながら食べるアイスクリーム、およびそういう突発的に氷菓が手に入るイベントというのはいくつになっても嬉しい。夜のコンビニで買ったスイカバーを齧りながら帰るだとか、セブンティーンアイスの自販機を見つけてしまってその場(たいてい駅のホームとかのものすごく中途半端な場所)で棒立ちになってアイスキャンディーをむさぼるだとか、そういうの。しかしうちのミイさんはなんと氷菓全般がことごとく嫌いなので、そのたぐいの日常的うきうきイベントをともに楽しむ希望は一緒になってまもない頃に捨てた。アイスが嫌いな人がこの世にいるなんてそんなバカなといまだ思っているが、どうやら本当にだめらしい。

在宅勤務日の夜、お風呂に入ったあとコンビニへ牛乳を買いに行こうとしたら予想外にミイさんがついてきたので、せっかくならと閉店間際のスーパーに行き先を変えた。お刺身と鉄火巻きを半額で手に入れて喜んでいると、おもむろに「アイス買ってあげようか」イベントが起こり一気に浮足立つ。そんなに嬉しいもんかね、という視線を浴びながら、ブルーシールのグァバアイスキャンディーを買ってもらった。

パッケージが最高

果汁2%、香りつき消しゴムみたいに人工的なピンク色のアイスキャンディーは、家まで徒歩5分の夜道であっというまに胃袋へ消える。じっとり湿った梅雨の夜に、南の島の(しかも浮かれたフレーバーの)氷菓を食べられるくらいハッピーなことってそうそうない。夢みたいにおいしかった。かわりに真冬にコーンポタージュとか肉まんを買ってあげよう。

中華からあげ百景

すっぴんでとサンダルでフラッと行ける、心身ともに家から程よい距離のところに町中華屋がある。夏休みにプールに行った帰り道や、お盆に墓参りに行ったあとみたいな、懐かしく牧歌的で気だるい雰囲気がいつも漂っているのが居心地よくて、ミイさんとよく通っている。日中はブラインドの隙間から陽ざしがよく射しこみ、店内のテレビで流しているのはいつも野球中継。夜は早くにさっさと店じまいしてしまうところもいい。

梅雨の晴れ間にお昼を食べに行った。これまで通う中でチャーハンとかラーメンとか餃子とかの定番をひととおり食べてきたけど、鶏のからあげ定食が一番おいしいと思っている。醤油がしっかり効いたザックザクの衣とぷりぷりの肉を頬張ると、食べ終わるまでの間「おいしい」以外の感情と語彙が一切なくなってしまう。末恐ろしい。この日も数秒前まで油の中にいたような揚げたて熱々のからあげが運ばれてくるや否や、からあげとごはん、ちょっとマヨネーズがつけられた千切りキャベツ(刻みの幅があまり細くないところが家庭的で好き)、セットの醤油ラーメンスープ、お新香のループに嵐のように叩き込まれ、気づいたら汗だくですべての皿を空にしていた。とんでもない熱量が身体の中を駆け巡っていったあとのような、圧倒的に“動”の達成感。こういう食事のあとに間髪入れずごくごく飲むお冷ってつまさきまで痺れるくらいおいしい。サウナを出たあとみたいな気分でひと息つくと、午後の陽光が透明のビニールテーブルクロスやお冷のグラスをキラキラと蜂蜜色に染めていて、なんだか天国みたいな光景にぼんやりしてしまう。

渋谷の台湾料理屋『麗郷』のからあげを思い出した。同じような醤油ベースの味だけど、どこかやみつきになる不思議な甘さがあって、添えられているケチャップとマヨネーズをちょっとつけたりしながら食べる。骨つき(といってもフライドチキン的な形状ではない)で歯ごたえがあって、むしむしと齧りながら背の低いジョッキでビールを飲むのが好き。若い頃によく通い、よく食べてよく飲んだ。最近はもう、中華料理屋であまりアルコールを頼まない。

ミートパイ襲来

空腹に気づいたある休日の午後。ごはんよりはなんとなくパンやパスタ的なものが食べたい口だけど、夕方に近い変な時間だから今パスタなんて食べたら夕飯がよくわからんことになるな…そういえばキッシュ作ったとき買った冷凍パイ生地が余ってるな…とかなんとか考えるうちに、気づいたらミートパイを作り始めていた。冷凍挽肉をたまねぎとにんじんのみじん切りと一緒に炒めて、ソースとかケチャップで味つけして、パイ生地で適当に包んで卵液を塗ってオーブンで焼くだけ。

はがきよりでかいミートパイ

焼きたてを紙に包んで二階に持っていくと、私が台所でなにを作っているか知らなかったミイさんが一瞬完全に「なぜ我が家に急に焼きたてのミートパイが現れたのかまったくわからない」という顔で処理落ちしていて笑ってしまった。私も驚いたんだけど、パイ生地と挽肉が冷凍庫にあって私が暇を持て余していると、パン屋で売ってるみたいなミートパイがいきなり家に現れるんだよ。

オーブンから出して10分も経たない熱々のうちにあちあち言いながら平らげた。ハンバーグとかキーマカレーとか、シナモンとバターでソテーしたりんごとかも今度パイ包みにして焼いてみよう。オーブンとパイ生地(ついでに野菜のみじん切りに使ったブレンダー。意味不明なほど便利)という、これまでの私の人生に存在しなかったもの同士が相乗効果で興奮をもたらしてくる。クッキングシミュレーションゲームとかで、設備やアイテムが増えた瞬間に作れるメニューが大量に解禁されるあの感覚。できることが増えると料理はとても楽しい。

ドーナツ屋のたまごチャーハン

6/3

夜通し降り続いたとんでもない大雨が一日中つづくかと思いきや、昼に近づくにつれて急に晴れた。完全に暇を持てあましたので、寝ているミイさんを布団に転がしておき、珍しくひとりで外に出てみた。ちゃんとアクセサリーもつけてメイクもして、ヒールのある靴だって履いている。ただ、夏らしいクリアフレームの眼鏡を買ってやろうじゃんと意気込むも試着するといまいちピンと来ず、喫茶店でひとりで本でも読みたい気分になったけど冷静にお金がもったいなく感じ(家にチャイやラテの材料があるし手持ちの文庫本は何度も読み尽くしている)、結局スーパーとKALDIで食料品を買うだけで帰ってきてしまった。夕飯の材料、ミイさんの好きな瀬戸内レモンカップラーメン、外国の缶ビールを1本、あと普通に切らしていた卵とかバターとかトマト缶とか。気分転換が下手な主婦みたいになってきている。ひとり暮らしの時って休日何してたかな…と思い返してみるも、洗濯したり昼から湯船に浸かってみたり、たいして変わらない。

起きてきたミイさんに甘くないアイスラテを作ってやり、私のは濃いホットコーヒーを淹れてもらい、昨夜餃子屋で夕飯を食べた帰りに買ってもらったクリスピークリームドーナツをふたりで食べた。シャリリと崩れる糖衣がとても甘くやさしく、窓から入る夕方の風が心地よかった。やっぱり家にいるほうが落ち着く。

暇な休日のたびに思うけど、つくづく食べることが最大の趣味だと思う。豆苗やししとうを豚バラと一緒に餃子の皮でくるんで焼いたのがおいしかったからまた作りたい。そういえば冷凍庫のスペアリブをそろそろ使わなきゃいけない。暑くなってきたから先日買ったさつまいものきんつばを冷茶と合わせて食べたい。近いうち夕飯にミイさんも好きなトロたく丼を作ってあげたいし、冷蔵庫の厚揚げとかまぼこをさっと焼いたのも食べたい(賞味期限も近い)。卵はニラたまもいいけどトマたま炒めもいいな…みたいなことをほっとくと本当に延々考えている。「汐ちゃんまたごはんのこと考えてる」とよく言われる。でも胃には上限があるし、できることならあまり太りたくはないし、ミイさんがさして食べないタイプだからひとりの間食は気が引ける。難儀だ。

夜はタコスを作った。といってもトルティーヤは温めればいいできあいのものを買ってきたので、タコシーズニングで挽肉とミックスビーンズを炒め、チリ味が苦手なミイさんのために牛肉の切り落としを塩とにんにくで炒め、レタスを刻み、サルサソースの瓶をあけるだけ。KALDIで新しく買ってみたサルサソースが、トマトと青とうがらしのさっぱりした酸味と辛さが効いていてなかなかおいしい。ライムを絞ったら完璧だったな。

6/4

ミスタードーナツの「たまごチャーハン」を食べたことがある人ってどれくらいいるんだろう。ちなみに私はない。フレンチクルーラーとかの甘いドーナツを目当てに来たミスドで「おっ、チャーハンも食うか」となる可能性っておそらく低いし、逆に「チャーハン食べたいな、ミスド行くか」ともならない。だったらバーミヤンに行く。そもそも油で揚げたドーナツと温かいたまごチャーハンって、味および胃のキャパの折り合いが絶望的につかない組み合わせだと思う。

でもすごく食べたいんだよな〜。物心ついた頃からずっと気になり続けている。日曜はミイさんとミスドで朝ごはんを食べて、そのまま各々書きものや読みたい本を持ち込んでゆっくり過ごそうと決めていたから、とうとうたまごチャーハンのチャンス到来!と思っていたのに、汗だくになって洗濯をした(家で一番でかいラグを浴槽で踏み洗いした)直後だったせいで冷たい鶏そばの誘惑にあっさり負けた。よく冷えた麺とぷりぷりの海老や鶏肉がしみじみおいしいし、冷たい麺類を食べて口がさっぱりすると、甘いドーナツが案の定するする入る。職場の徒歩圏内にミスドがあったら絶対たまごチャーハンチャンスが増えるのに…といつも思うけど、残念ながら弊社の近所にはミスドのミの字もない。

ここのミスドは椅子が子ども部屋みたいでかわいい

鶏そばを食べてジャスミンティーを飲み、オールドファッションハニーとココナツチョコレートを食べ、熱いカフェオレを何杯かおかわりしながら文庫本を読んだりこれを書いたりしている。雇われライターだから平日もずーっと文章を書いてるんだし(なんならジャンルも食だし)、休日は逆にアウトプットを控えたほうがオンオフのメリハリがつくんじゃないか…?と週末になるたび悩む。でも遊びの書きものを平日の夜にやる気力はないしね。絞りかすにならないように頑張って本を読もう。6月の目標は、梅雨にあまり苛まれないよう呑気に暮らして、新しい本を何冊か書い足し、ミスドのたまごチャーハンを食べること。

レモンと甘酒

夏になると開襟シャツをよく着るので、金のとても細いネックレスチェーンを買った。鎖目が見えないほど細かくて、鎖骨の上でシャラッとなめらかに流れるのがいい。タンクトップのサマーニットの上にシャツを羽織って袖を捲り、ざっくりしたデニムにミント色のパンプス、そういうラフな夏の服装に細身のゴールドあるいはクリアトーンのアクセサリーを合わせる。暑さに弱すぎて夏の服装を長年楽しめずにいたけど、近年ようやくこういう感じで定着してきた。

一昨年の冬から育てているマイヤーレモンの苗がそこそこまともに育ち、実を色んな料理に使っている。ポスターカラーで塗ったようなパキッとした健康的な黄色の果皮に、ずっしり持ち重りのする大きな実(小さめのグレープフルーツくらいある)が収穫できた。果肉も白っぽくなくきれいに色づき、驚くほどたっぷり果汁が絞れる。園芸店で買ったレモン用肥料を一度適当に与えただけなのに、かなり満足のいく出来で嬉しい。

ホットプレートで焼いた牛タン、大葉やナンプラーで作ったアジア風そうめんつけだれ、塩と黒胡椒ベースのさっぱりした青椒肉絲なんかにどんどん絞って食べた。当然だけどポッカレモンの味とは大違いだし、スーパーで売っている硬い海外レモンの比にならないくらい果汁が出るのがおもしろくてたくさん使ってしまう。果皮が薄く柔らかくて絞りやすい。帆立の貝柱(ふるさと納税)とかぶを薄切りにして、レモンとオリーブオイルと調味料でざっと和えたのが夏らしい味で特においしかった。

自分と季節の両方に合う特別じゃない服やアクセサリー、プランターで育てている果物が今年も実をつけるかどうか、それをどんなふうにおいしく食べるか。こういうことばっかり考えて暮らしたいね〜。仕事は楽しいけど食べものについて書く雇われライターになったから、よくも悪くも公私が混ざってしまってまだオンオフをうまく切り替えられない。もっと楽しく適当になっていけばいいな。

きのう八百屋でししとうやきゅうりが安く買えて嬉しかったこと、夜ミイさんとちょっといい回転寿司に行って食べた鯵やえんがわがおいしかったこと、今日は暑いから最近常備するようになった冷やし甘酒が身体に沁みてすごくいい感じだってこと、そういうのを疲弊して流しちゃわずに毎日言語化していきたい。

冷たいかぶ、夏の入口

このところ、暑かったり肌寒かったり雨だったりの繰り返しでじわ〜っと体力が削られている。心地いい初夏をもうちょっと味わいたかった。春からいる新しい職場の仕事は興味深いものの大変なことも多く、ミイさんに持たせてもらったお弁当や水筒に詰めたルイボスティー、フレックスの恩恵で夜ちょっと早く上がったときの日の高さ、週に二日の在宅勤務日に家で食べられる作りたてのトマトパスタ、そんなようなものでなんとか機嫌を繋いでいる。

なんだかんだあって再会したハチと、さらになんだかんだあって同僚になった。当時の荒療治の甲斐もあり、単なるよき友人としてデスクを並べている。なんなら10年くらい働くのかもな〜と思わされる瞬間すらあった前職からの転職がそもそも一大事すぎて、ハチと同じ職場であるということが、私の中で逆にそこまで際立っていない。

何年か前、ハチの出張先の街へ出向いて休暇を過ごした夏があった。そのとき訪れたバーの酒と料理がおいしくて、自家製モヒートや網焼きパンのピーナッツバターサンドの味について興奮気味に話していたら「お二人とも飲食関係のお仕事ですか?」と店主に尋ねられた。私はライターで当時のハチはアパレル勤務だったものだから、食い意地が張っているだけですよと返す笑い話になったんだけど、離別とかコロナ禍とか私の結婚(便宜上)とか再会とか転職とかをさんざん巡りめぐった今、マジで飲食業界でともに働いている。食べ物の会社でライターをやることはかねてからの悲願だったけど、そんなおまけがついてくるとは。

かつてそういう夜があったこと自体をすっかり忘れていたけど、人生の伏線回収…とつい思ってしまう。何度切れても繋がる縁だと受け入れたし、その縁にもう惑わされないくらいには互いに大人になった。ミイさんという家族をもったことで私はあの頃よりもアルコールに弱くなり、ハチは私をもう夜の食事に誘わない。

あの夏からは遥か遠く、それでも同じように暑くて茹る夏へと日ごとに近づいていく。近所の八百屋で冗談みたいな安さで買えたかぶがとてもおいしくて、バターやにんにくを使った白いポタージュをよく作っていたけど、そろそろ油を使わないレシピに変えたほうがサラッと食べられそう。このかぶは生で食べても瑞々しくてしっかり味が立っているから(果汁…と思い浮かぶくらいジュワッと水気が滴る)、今夜はふるさと納税で届いた帆立の貝柱とあわせて、塩と黒こしょうとオリーブオイルで食べよう。あとは鶏ももといんげんを焼いたのとか。