いぬごや

よくはたらくいぬです

冷たいかぶ、夏の入口

このところ、暑かったり肌寒かったり雨だったりの繰り返しでじわ〜っと体力が削られている。心地いい初夏をもうちょっと味わいたかった。春からいる新しい職場の仕事は興味深いものの大変なことも多く、ミイさんに持たせてもらったお弁当や水筒に詰めたルイボスティー、フレックスの恩恵で夜ちょっと早く上がったときの日の高さ、週に二日の在宅勤務日に家で食べられる作りたてのトマトパスタ、そんなようなものでなんとか機嫌を繋いでいる。

なんだかんだあって再会したハチと、さらになんだかんだあって同僚になった。当時の荒療治の甲斐もあり、単なるよき友人としてデスクを並べている。なんなら10年くらい働くのかもな〜と思わされる瞬間すらあった前職からの転職がそもそも一大事すぎて、ハチと同じ職場であるということが、私の中で逆にそこまで際立っていない。

何年か前、ハチの出張先の街へ出向いて休暇を過ごした夏があった。そのとき訪れたバーの酒と料理がおいしくて、自家製モヒートや網焼きパンのピーナッツバターサンドの味について興奮気味に話していたら「お二人とも飲食関係のお仕事ですか?」と店主に尋ねられた。私はライターで当時のハチはアパレル勤務だったものだから、食い意地が張っているだけですよと返す笑い話になったんだけど、離別とかコロナ禍とか私の結婚(便宜上)とか再会とか転職とかをさんざん巡りめぐった今、マジで飲食業界でともに働いている。食べ物の会社でライターをやることはかねてからの悲願だったけど、そんなおまけがついてくるとは。

かつてそういう夜があったこと自体をすっかり忘れていたけど、人生の伏線回収…とつい思ってしまう。何度切れても繋がる縁だと受け入れたし、その縁にもう惑わされないくらいには互いに大人になった。ミイさんという家族をもったことで私はあの頃よりもアルコールに弱くなり、ハチは私をもう夜の食事に誘わない。

あの夏からは遥か遠く、それでも同じように暑くて茹る夏へと日ごとに近づいていく。近所の八百屋で冗談みたいな安さで買えたかぶがとてもおいしくて、バターやにんにくを使った白いポタージュをよく作っていたけど、そろそろ油を使わないレシピに変えたほうがサラッと食べられそう。このかぶは生で食べても瑞々しくてしっかり味が立っているから(果汁…と思い浮かぶくらいジュワッと水気が滴る)、今夜はふるさと納税で届いた帆立の貝柱とあわせて、塩と黒こしょうとオリーブオイルで食べよう。あとは鶏ももといんげんを焼いたのとか。

食べてばっかりの五日間

5/3

ゴールデンウィーク初日。昼前に起きて食事に悩む。前夜の夕飯で余らせたにんじんのかきあげを揚げ直すついでに、少しずつ残っていたしいたけ・いんげん・なすも天ぷらにしてごはんに乗せ、天丼を作って食べた。「今日は天ぷらを作るぞ」と意気込んで支度をするとなかなか面倒だけど、こうして残りものの端っこをさっと衣にくぐらせて揚げてしまうとなんてことはない。ミイさんはしいたけが嫌いなので私が独占したけど、塩をつけて齧るとほかの何よりおいしかった。すぐ揚がるしこんなにおいしくてしいたけは偉い。

夕方、近所に住む友人がいちごとすいかを手土産にやってきた。いちごはなぜか異なる生産者(私が作りました のパターン違い)のものを2パック。食べ比べてみたら、同じ品種なのに形も味もぜんぜん違って驚いた。黄色くて甘いすいかは去年の夏にも一度買ってきてくれたことがあって、季節の巡る早さを感じる。こうやって果物を携えて遊びにきてくれる友達が近所にいるのは尊いものだね、みたいなことを以前も書いた気がする…

夜は手羽中パリパリ焼き2種

5/4

氷をいっぱい入れてゴクゴク飲める気軽なデイリー白ワイン、および流行りの調味料とか外国のインスタントラーメンなんかを衝動買いしたくなってKALDIへ出かけた。理性をともなわずに行くKALDIほど楽しく危ない場所はないし、仕事帰りに「コーヒー豆だけ買って帰ろう」と立ち寄ってコーヒー豆以外のものを買わずに出られたこともない。

パッションフルーツの香りがする白スパークリングワイン、冷凍シナモンロール、チョコチップがごろごろ入ったオランダのチョコクッキー、瀬戸内レモン塩ラーメン、かつてドはまりしていたのに売り切れ続きで滅多に見かけなくなってしまったピリ辛えび塩、去年の夏から気に入っている希釈レモネードの原液を買った。えび塩は年単位でずっと見つけられなかったから偶然手に入って本当に嬉しい。

ミイさんにも「好きなもの選んでいいよ」と言ったら嬉しそうに店内を物色し始めたものの、めぼしいものが見つからなかったらしく「くだもののかんづめ…」と鳴いて戻ってきた。KALDI来てそれしか思い浮かばなかったのか。無欲。今度スーパーでみかんの缶詰買おうね。

風が気持ちいい夕刻の散歩を楽しみ、初めて行くアメリカンダイナーでハワイアンバーガーとオニオンリングを食べてラムコークを飲んだ。ミイさんは照り焼きバーガー。焼きパイナップルとバーベキューソースの組み合わせがすごくジューシーでおいしい。ゴールデンウィークに食べるものとして、肉汁滴るでっかいハンバーガーというのは大正解だと思う。

明るい時間のアルコール×バーガーは天国

5/5

前職で仲良くしていた同僚のお姉さんと、昼に待ち合わせて食事をしに行った。仕事の合間によくランチをともにしていたけど、1時間しかない休憩時間で外へ食べに出かけるとそうゆっくりすることはできないから、食事とお茶をしながら何時間も一緒に過ごすのが今更ながらすごく新鮮。4年も同じ職場にいたのに、知らないことがいっぱいある。

ぜんぜん人混みでも都心でもない閑静な住宅街にあるレストランに行く約束だったので、思い切ってマスクをせずに出かけてみた。コロナ禍から今までずっと、かなり律儀にマスクをつけているほうだから、それだけのことなのに妙にドキドキする。口元の表情がつねに外界に晒されているのってこんなに緊張するものだった?帰ったら表情筋がいつもと違う疲れ方をしていたし、ついでに唇がものすごい勢いで乾燥して驚いた。愛用しているワセリンリップが近年なかなか減らないね〜と思ったらそういうことか。

サルシッチャとパンの盛り合わせを食べて、チャイとジンジャーエールを飲み、ひと駅の距離を喋りながら歩いた。マスク越しじゃなくて直に浴びる、濃厚な緑の匂いをはらんだ力強い風が気持ちいい。初夏の白い陽射しを肌や気温だけじゃなく嗅覚でも色濃く感じて、蝉のいない静かな夏休みみたいな午後だった。

年齢も社歴も違う同僚(なんならめちゃくちゃ憧れていた)からただの対等な友人になったからこそ、初めて話せるようになったことがたくさんあって、でも同時に繋ぎとめるものがない不確かな関係性を寂しく思う気持ちもある。心身ともに馴染みきった環境と、そこで過ごした時間がもう過去のものになったことを受け入れるのには、まだちょっと心細さがつき纏う。

5/6

明け方まで仕事していたらしいミイさんがずっと寝こけていたので、朝ひとりで起きて本を読みながら長風呂を楽しみ、ハムエッグとトーストとサラダとヨーグルトの朝食を作って一旦叩き起こし(食べてまたベッドに帰っていった)、ミイさんが好まない台湾パイナップルをデザートに遠慮なく平らげ、午後に初めてキッシュを焼いてみた。

常温に戻した冷凍パイ生地を麺棒でのばし、卵液に混ぜる具はほうれん草とベーコンとたまねぎとプチトマト。似たようなスペインオムレツをよく作るけど、それと違って卵を2つしか使わずに済むのはありがたい。いくつかレシピを見比べたところ、オーブンの温度が180〜200度の幅で揺れていたから今回はとりあえず180度で焼いてみた。茶碗蒸しとオムレツの中間くらいの程よいしっとり加減がなかなかおいしい。

夕方、ようやく起きてきたミイさんと一緒に近所の喫茶店へ出かけた。風が強くてシャツワンピースの裾と伸びてきた髪がバタバタ暴れる。おやつのホットドッグを半分こして食べてコーヒーを飲みながら互いに書きものをして過ごし、私は読みかけていた本をついでに読破して、スーパーで肉や野菜を少し買って帰る。豚スペアリブのすごく大きな塊がタイムセールで半額で買えた。骨ごと1時間煮た塩豚と副産物のスープを在宅勤務の日に作ろう。スペアリブ入りスープとして食べてももちろんいいんだけど、汁物と別々にした肉をごま油と塩をほんの少しだけつけて齧ると最高にうまい。

5/7

猫の薄荷(末っ子の白黒)が夜通し悪事を働いていたので寝不足。夜になるとキッチンのドアの浮いた木材を一生懸命剥がして遊ぶ⇔叱ると構ってもらえた認定して大喜びするループを本当にやめてほしい…もう仔猫とは言えない月齢になってきたけど、猫の躾でミイさんとヒーヒーしてるとこれだって立派な子育てじゃんねと思う。

どういう顔?

昨日までと打って変わってめちゃくちゃ雨。こういう日に家事を怠ったり雑なものを食べたりすると精神が参る。起きてとりあえず風呂に浸かってから、台所を掃除しつつ時間をかけてにんじんのポタージュを作った。私は「火の通り切っていないにんじんの風味」がどうしても苦手なので、ほかのあらゆるポタージュと違い、にんじんだけはあらかじめレンジでざっと火を入れたり15分くらい煮詰めたりしながら素材の旨味を一部殺さないといけない。でもそうやって丁寧に作ると、砂糖は入れていないのに驚くほど奥深い甘みを感じる手の込んだポタージュができる。土曜に焼いたキッシュの残りと、ミイさんが買ってくれたミスドのドーナツと一緒に食べた。

日中はたくさん本を読み、英気を養うために夜はホットプレート焼肉。牛肉の赤身があらかじめにんにくでマリネされているお気に入り商品があるので、それをミイさんとどんどん焼いて黙々と食べた。野菜はれんこんオンリー、次の日から仕事なので潔くノンアルというストイックさ。シンプルに焼いた赤身の肉をぎうぎうと噛み締めると、身体の芯が静かに燃えていくような心地がする。力を蓄えて、でも張り詰めすぎないようにやってゆこうね。

投票行って外食したけど

きのう、パートナーのミイさんと区議会選挙の投票に行った。同じポストに届いた選挙の封筒をそれぞれ鞄に入れて、少しおしゃれして一緒に投票所の体育館へ行くのももう何回目かになる。

ずっと思っていたこと。かつて人並みにモー娘が好きだったから、この時期よく目にするあの曲のサビはもちろんわかるけど、正直なところ、肝心な「選挙の日ってウチじゃなぜか 投票行って外食するんだ」のフレーズは私の中に刻まれていない。善良な人たちが投票日の昼下がりにSNSでこぞって口にしだすネットミームみたいなものと認識してるし、なんならちょっと寒いとすら思ってる。健全すぎて。

だって私の実家はそういう「ウチ」ではなかった。両親が選挙に行ったり気にかけたりする様子を一度も見たことがない。あの歌詞の、ぴかぴか光る健全なシチュエーションにまったく共感できないどころか普通に僻みを感じる。静かな投票所で両親が列に並ぶのをちょっと緊張しながら待って、それから家族連れで賑わうファミレスとか回転寿司に行って、ありふれた日常的な幸せを噛み締めるんだろうか。それとも普段は行かないような、平皿にライスが盛られるタイプの洋食屋とか?

ぜひともそういう家庭に生まれたかった。立候補者の政策や実績をあらかじめきちんと知る、投票日にきちんと投票所に行く、厳かなフローにきちんと従って紙に名前を書く。その一連の「きちんと」を全部こなした自分を褒めてあげるみたいに、その一票で社会がいいほうに変わればいいねと願いながらおいしいものを食べて帰る。そういう感覚を、大人になってから自主的にインストールするのはまあまあ苦労した。

そんなことをモゴモゴ考えるさなか、先日『選挙に絶対行きたくない家のソファーで食べて寝て映画観たい』という短編小説を読んだ。LGBTの権利活動にとても熱心な女の子と付き合っている、選挙に絶対行きたくないレズビアンの話。まあ選挙についてはビアンである前に普通に大人として「行きなよ」でしかないんだけど、

なんで、女が好きってだけで、割と真面目に生きなくちゃいけないんだろう
こんなパレードをしなくても普通に結婚出来る奴らはズルい

という描写には、同意のあまり血液がザワッとさざめくような感覚を覚えた。あまりにもわかる。結婚できないことをはじめマイノリティならではの有象無象の不満を、まずそもそもきちんと政治に関わっていないと「言う権利がない」と思われそうな感じが最高にずるい。そもそも明確に不利益をこうむっている側なのに。そのうえ、真面目に投票しようがプラカード持ってレインボーパレードを歩こうが署名活動をしようが、結局権利の面では何をしたってそこらの怠惰な男女カップルに普通に負けてる。なんせ「想定されていない存在」らしいから。ずるいよね。

でも他人頼みは癪だし、せめて不満くらい後ろ指さされずのびのび言いたいから、私はミイさんと手を繋いで選挙に行く。春の陽気にぴったりの新しいシャツを着て、台湾のビーズで作られた指輪をつけて、投票後にはバーミヤン酸辣湯麺と小籠包を食べた。ミイさんがおやつに買ってくれたミスドの箱を提げて、また手を繋いで家に帰る。両親および生まれ育った家庭には存在しなかった営みを、自分で選んで築いた家庭の中に根づかせていく。「投票行って外食した」ってSNSで言うと、この一連の営みが急に「ごっこ」みたいになりそうだから言わなかった。

ローストポークへの思慕

最近、ローストポークという料理について、ふと「これは大好物といってもいいな」と心に落ちた瞬間があった。響きも佇まいも、気どらず素直なところがまずいい(そもそも「ポーク」とつくあらゆる料理名の、古き良き洋食っぽさが漂うところも好き。ポークチャップとかポークカレーとか)。スパイスとかをたくさん擦り込んだり、なにかに漬けておいたり、凝ったソースをかけたりしなくてもしっかりおいしくて偉いと思う。「適切な温度で焼いた豚肉に塩をちょっとつけて食べる」というプリミティブな行為でしか得られない満足感。熱々の一瞬だけが食べ頃なんじゃなくて、冷めて落ち着いたところを切り分け、焦らずゆっくり食べるという理性がある感じもいい。

とても理想的なローストポークに巡りあったのが、そう気づいたきっかけだった。クリスマスとかの特別な日の食事としてよく使っている、パンと肉料理を得意とする小さなベーカリーレストランがある。これまではサルシッチャと色んなパンの盛り合わせやスペアリブ、朝昼であればトーストセットやリエットサンドなんかを好んで頼んでいたけど、冬の終わり頃に私の転職祝いとしてパートナーのミイさんと訪れた夜、とくに深く考えず頼んだ前菜の盛り合わせがちょっと驚くほどすばらしかった。さして記憶に残らない、生ハムとかチーズとかがほんの少しずつ上品に並べられた「…まあないよりはあったほうが華やぐよね(でも高いね)」という趣きの盛り合わせにはしょっちゅう遭遇するけど、そんな虚無プレートとはあまりにも違う。

この気前のよさ

キャロットラペやビーツのマリネ、かぼちゃのロースト、モッツァレラチーズ、サラミにパテドカンパーニュ…などなどが気前よく盛りつけられたひと皿。新鮮でおいしい肉と野菜とチーズが惜しまずたっぷり提供されるだけで、すごく豊かな気持ちになれる。この中のローストポーク(皿の右側あたり)が最高だった。しっとり柔らかくて少しのパサつきも脂っこさもなく、最適な量だけまぶされた塩が肉の甘みを引き立てて、ぎゅっぎゅと嚙めば嚙むほど満ち足りていく感じ。もちろん赤ワインに痺れるほど合う。フォークとナイフで少しずつキコキコやるより、頬張ってお腹いっぱい食べたい。

このローストポークがあんまりにおいしかったから、後日、家へ遊びにきてくれた同僚へのもてなし料理を作る際に「ローストポークを自分で作れる側の人間」になってみようじゃんと思って豚肩ロースをブロックで買ってみた。常温に戻した肉をフライパンで全面こんがり焼きつけて、塩をまぶしてりんごとローズマリーと一緒にオーブンで小一時間焼く。粗熱が取れてから切り分けたら、お手本みたいなローストポークが現れた。断面もきれいな桜色。想像の数倍かんたんでびっくりする。

絵に描いたようなローストポーク

もちろんお店で食べたものの方がジューシーで風味もよかったけど、うちのキッチンで適当に生み出したものにしてはかなり誇れる出来。肉と一緒に焼いてほのかに野性味を帯びたりんごと合わせて食べるとぴったりで、同僚が手土産に持ってきてくれた辛口シードルにもよく合う。この日のメニューはこんな感じで、たくさんの肉や野菜を皆でおいしく食べ、ワインやシードルの進む素敵な夜になった。

  • ローストポーク 焼きりんご添え
  • 鯛と伊予柑カルパッチョ
  • マッシュルームとオイルサーディンのパン粉焼き(写真右上のモロモロしてるやつ)
  • きゅうりとツナのヨーグルトサラダ(リボン状に薄くスライスしたきゅうりを塩とおろしにんにくを混ぜたヨーグルトで和えてオリーブオイルをかける)
  • 芽キャベツのガーリックバターグリル
  • かぶの冷たいポタージュ

去年のクリスマスくらいから、もういい年だし…ともてなし料理のレパートリーを増やそうとしているので、今後もこういうのを時々作ろう。オーブンレンジも冷凍ごはんをチンするばかりじゃなく、でかい肉とか焼いたほうが楽しいだろうし。

二度目の春

パートナー、改めミイさんのこと

手塚治虫が描いた牝鹿みたいにすらりとした、八つ年上のパートナー。以前からずっと思っていたけど「パートナー」呼称がそろそろ本当にまどろっこしくなってきたので(彼女とか恋人って書くのも軽くて癪だし)、今後は名前からもじって「ミイさん」と書こうと思う。

ミイさんは冷え性で寒さにめっぽう弱く、春はこれくらいの時期でもまだけっこう真冬のモコモコしたパジャマを着ている。食への関心がさして高くないものの、私の料理はすごく好き。好んで食べるのはポテトサラダ/揚げ出し豆腐/カレー/いんげんのごまあえ/チキンカツなどなど。ただしとんでもない偏食家。

私と遠からずなクリエイター職で、完全在宅のフリーランスなのでびっくりするほどずっと家にいる。そのおかげで、毎朝いってらっしゃいと見送ってくれて、家に帰ると必ず明かりがついていておかえりを言われるのがとても嬉しい。おそろしくスタイルがよく、顔もよく、華奢な左手薬指にはめた結婚指輪の号数が私とぜんぜん違う。私となにもかもが正反対の性格で、こんこんと話し合う緻密なチューニングを毎日心がけているけど、ときどきラジオの周波数が噛みあうみたいに、はじめからすばらしく一致することもある。

ドライヤーで髪をうまく乾かせなくて、お酒を飲むなら雪が降る県でつくられた日本酒派で、朝起きてしばらくは眠くて機嫌が悪い。髪型をころころ変えて、甘いお菓子よりはポテトチップスが好きで、去年の誕生日プレゼントに贈った華奢な金フレームの眼鏡をかけている。そういうミイさんを形成するものごと一つひとつを、添い遂げながら一番近くで見ていたい。私との違いと、そういうふうにある理由、考えていることの道筋を知りたいし、私のことも同じように知ってほしい。秘境で見つけた未知の生きものを観測するような気持ち。

きのうはお揚げのうどんと青海苔いぶりがっこのポテトサラダ、今夜は昆布塩からあげとひよこ豆サラダをおいしそうに平らげていた。肌寒い日は温かいお茶やスープを飲ませ、疲れた日は疲労に効くお酢や豚肉のおかずを食べさせ、この身体と精神がずっとずっと健やかであるように願っている。

桜、お花見のこと

去年の3月頃。ミイさんと過ごす初めての春を迎えて早々に、この人とお花見に行くことはおそらくほとんどないんだろうな…と察しがついた。花粉症が酷すぎるのだ。輪郭のやわい春の空気を感じるのが大好きな私は、せっかくの陽気だというのに窓を閉め切る生活にそれなりのショックを受けたけど、こればっかりは仕方ない。洗濯物やふとんは乾燥機がフカフカにしてくれるし。

ただ幸いなことに、今年は花粉症のピークがやや早くに過ぎたようで、散り際寸前に駆け込み花見をすることができた。スーパーや惣菜屋で食べものを買い集め、公園で桜を眺めつつ食べるだけのピクニック未満の催しだけど、ミイさんと一緒だとなんだって楽しい。焼き鳥、たこ焼き、イカリングのからあげに缶ビール。味の濃いお惣菜を食べながら春の屋外で飲むお酒はすばらしくうまい。料理は好きなもののお弁当作りには正直さして熱意が湧かず、こういう時はできたてのジャンクフードを頬張るのが好き。公園にホットスナックを買える売店があると食後に気づいたので、秋になったら紅葉を見ながらフランクフルトやセブンティーンアイスを食べよう。

ミスタードーナツとタコスのこと

「生活圏にミスタードーナツがある人間」だけが持てる、心の豊かさみたいなものがあると思う。私は気が向きさえすれば、いつだって好きな時に好きなドーナツを食べられる選択肢を持っているんですよ、という圧倒的な気持ちの余裕。光栄なことにこの余裕をぶっかまして暮らしている側の人間なので、休日や在宅勤務日の朝食によくドーナツを買う。私はゴールデンチョコレート(あの黄色のつぶつぶを愛してる)とココナツチョコレートとオールドファッションハニー、ミイさんはフレンチクルーラーとシュガーレイズドが好きで、エビグラタンパイなんかのしょっぱい系は二人とも好物だからいつも分け合って食べる。

先日、そんなふうに朝食を調達しにミスドへ行った時「タコスミート&チーズパイ」という期間限定のパイを見つけた。誇張なくこの春で一番嬉しい出会いだった。ミイさんがほぼ食わず嫌いで敬遠しているので、我が家の食卓にものぼらず、一緒に外食するときのメニューにも選ばれないタコスは、悲しいことに私の大好物だ。世界のあらゆるタコスを作る動画を休日に延々観るくらい好き。手巻き寿司と同じくひとりで食べられるような料理じゃないから、こんなふうにパッと手に入るのはめちゃくちゃありがたい。トルティーヤと野菜がなくても、あのスパイス風味に飢えた身にはタコスミートだけで全然嬉しい。

パイ生地に包まれたタコスミート、というのは初めて食べたけど、これはこれでしみじみとおいしかった。期間限定なのが悲しすぎる。店舗をまわってまとめ買いして、冷凍したのを大切に食べようかとも思ったものの、それはそれで買い占めっぽくて気が引ける。

封印していたタコス欲が完全に目覚めてしまった。ミイさんはポテチ系のお菓子が好きだから、柔らかいトルティーヤ生地じゃなくて、パリパリのタコシェルに具を挟むアメリカ式タコスから慣らしてみたら案外喜んで食べるかもしれない。ひと口献上したタコスミートパイは残念ながらお気に召さなかったようだけど(スパイスの味が苦手そうだった。カレーは好きなくせに)このパイは肉とチーズオンリーで結構こってりしてるからだろうな。さっぱり辛いサルサソース、生たまねぎやライム果汁、刻みパクチーを効かせれば恐るるに足りない。そんな闘志に燃えながらドーナツとパイを食べてコーヒーを飲んだ。

肉を焼く、時が止まる

冬の終わりに巣立った会社でずっと喜怒哀楽をともにしていた、管理チームの元部下たちを先日家に招いた。何十人もの部下を一緒に育てたり面倒見たりしていたから、男女二人ずつの計四人、同僚どころではなく親友みたいな心持ちでとても仲良くしている。

そのうち主任にあたる二人に、とうとう自分のパートナーが女性であることを打ち明けた。上司が部下に自分の秘密(しかもトップシークレット級)を打ち明けるなんて、どんなに仲がよかろうと「秘密を守る」という重荷を強要してしまうことだと思って今までずっと内緒にしていたけど、転職してただの友達になったのでようやく言うことができた。

二人ともすごく好意的に受け入れてくれて(片方に至ってはやっぱりなという顔をしていた)、何年にもわたる一種の罪悪感や後ろめたさがようやく溶けて消えた。そう隠して生きているわけではないけど、どうしたって会社関連のカミングアウトは本当に緊張する。女の子のほうは「汐さんご自分の話ぜんぜんしないから、聞かれたくないのかと思って詮索しないようにしてた」と言いつつ嬉しそうに興奮していて、男の子のほうは「汐さんの自認(つまりセクシャリティ)は何にあたるんすか?」ととても適切な言葉で尋ねてくれたのが嬉しかった。君たちは本当に思慮深くてえらいよ…

その夜はとても楽しかった。ホットプレート焼肉をするからお肉の持ち寄りを各々に頼んで、うちでは蛇腹きゅうりをメンマで和えたのや自家製ねぎだれを作りつつ野菜をたくさん用意していたら、大学生のサークルのバーベキュー…?と見紛うくらいの大量の肉が着弾した。全員もうアラサー以上だしさすがに余るだろ〜と思っていたのに大半完食してびっくり。

大量の牛タン(皆めちゃ買ってきて加齢を感じた)、ハラミ、カルビ、豚バラ、味つけしてある鶏もも、ガーリックオイルに漬けられた牛肩ロース、ウインナーとかをどんどん焼いて、れんこんと舞茸の塩オイル焼きやエリンギのバター胡椒焼き(絶品)とかも作って、煙たい部屋でずっと喋り続けながらひたすらお腹いっぱい食べる。うちで育てているレモンの実がちょうど収穫の頃合いだったから、牛タンと一緒に食べようと初収穫した。パッと目の覚めるような濃いイエローの果肉を絞ると果汁たっぷりで、かなりよい出来。焼きたての牛タンをレモン汁につけて自家製ねぎだれをくるんで、最近気に入ってるだし塩を振って食べたらすごくおいしかった。

この四人で話していると、まるで放課後やお泊まり会がずっとずっと永遠に続くみたいな錯覚を覚える。仕事のことも将来のことも各々いろいろ抱えているけど、今こうやって集って喋って笑っているこの瞬間が、とにかく楽しくて楽しくてしょうがない。いい歳こいてお腹を抱えて涙ぐむまで爆笑できて、そのうえ全員ライターだからものを見る解像度が近しくて、すべての話題にビリビリと電撃が迸ってここちよく共鳴する感じ。

昼過ぎにうちへ招いて、気がついたら8時間くらいずっと喋り通していた。たくさん食べてたくさん飲んで(うちで持て余していたワインをペロッと飲み干してくれた)、たくさん笑っているうちにとっぷり夜が更けるというあまりに健全な休日。こういう日はすごく貴重なものでそう頻繁に訪れないし、この付き合いがいつまで続くかわからないけど、ずっとこうしていられればいいのになと思う。

隣人とチキンカツ

3/28

近くに住む友人が午後から遊びに来て、仕事中のパートナーも交えて夜遅くまで一緒に過ごした。このところ親族のことで滅入っていたから気晴らしになって本当に助かる。貰いものらしいスモークサーモン・出張土産の塩バターおかき・ミスタードーナツという謎ラインナップの手土産を持ってきてくれた。夏にはすいかとさくらんぼを抱えてきたこともあって、そういう「ご近所さん」っぽさが年々沁みる。

先日買った仕事場用の新しいテーブルが届いて、二階がかなりいい感じになった。ちゃんとした食事もとれるし、コミュニケーションの導線が快適。コーヒーを飲んで手土産のドーナツを食べて、本棚の本を好きに読んだりしながら三人でとりとめない話をして過ごした。これまで恋人を友達に紹介する文化が自分の中になかったから尚のこと、こうやってなんでもない時間を共有できる仲になったのがとても嬉しい。

日が暮れてからは友人と喋りながら台所に立ち、作り置きも含めて大量のチキンカツを揚げて、うちで一番大きい鍋いっぱいのミネストローネを作った。余分に揚げたチキンカツは冷凍してお弁当のおかず用に。たまねぎ・じゃがいも・ウインナー・トマトホール缶に調味料だけのかなりシンプルなミネストローネでも、具材をきちんと炒めたあとにゆっくり煮ながら水分を100mlくらい煮詰めて飛ばすと、トマトの酸味の角が落ちつつ旨味が凝縮されてびっくりするほどおいしくなる。

チキンカツはパートナーからの熱烈リクエス

この日は友人がワクチンを打ったあとだったからノンアルのちょっといい飲み物でも出してやるか〜と思い、KALDIで買っておいた瓶のアップルタイザー(りんごの炭酸)を開けた。シードルによく似ていて、献立にぴったりだし予想以上に好みの味。また買おう。

3/29

タカキベーカリーのパンが好きで、パン屋に行くのはちょっと贅沢だけどおいしいパンが食べたいね〜というときにスーパーでよく買う。その中で一番気に入っている石窯塩バターパンを焼いて、昨日の残りのミネストローネと朝食に食べた。煮込まれた二日目のミネストローネはため息が出るほど旨い。食パンと即席ポタージュの組み合わせの何倍も満ち足りた感じがする。

最近文庫本を何冊かまとめて買ったうちの一冊、今日は『花伽藍/中山可穂』を読んで過ごした。当たり前のように女性同士が恋愛している小説を読むと(百合エンタメに近い非現実的な作品ではなく、地に足のついた平凡なレズビアンの描写として)自分が生き物としてまったく少数派ではないような錯覚を覚える。

短編の中にあった「菜の花のごま油炒め」という描写が妙に記憶に残った。普段野菜を買うときは基本的にスーパーではなく八百屋を使っていて、ぜんまいやたらの芽なんかの山菜はこの春すでによく見かけているのに、菜の花はまだ一度も目にしていない気がする。菜の花とベーコンとにんにくで作るペペロンチーノがとても好きで、去年の春はよく作って食べていた。小説に出てきたごま油炒めはあったかいご飯が抜群に進むらしい。今度作ってみよう。

夜は豚バラブロック肉を一時間半かけてじっくり塩茹でにして、韓国料理のポッサムを用意した。茹で豚・キムチ・もやしナムル・クリームチーズコチュジャンベースの甘辛いたれと一緒にサニーレタスに包むと、癖になるおいしさでどんどん食べられる。にんじんのきんぴらとかも合いそう。すぐ食べ切ってしまったから、豚肉の茹で汁を使って夜食に春雨スープを作った。パートナーが最近食欲旺盛でかわいい。