いぬごや

よくはたらくいぬです

二度目の春

パートナー、改めミイさんのこと

手塚治虫が描いた牝鹿みたいにすらりとした、八つ年上のパートナー。以前からずっと思っていたけど「パートナー」呼称がそろそろ本当にまどろっこしくなってきたので(彼女とか恋人って書くのも軽くて癪だし)、今後は名前からもじって「ミイさん」と書こうと思う。

ミイさんは冷え性で寒さにめっぽう弱く、春はこれくらいの時期でもまだけっこう真冬のモコモコしたパジャマを着ている。食への関心がさして高くないものの、私の料理はすごく好き。好んで食べるのはポテトサラダ/揚げ出し豆腐/カレー/いんげんのごまあえ/チキンカツなどなど。ただしとんでもない偏食家。

私と遠からずなクリエイター職で、完全在宅のフリーランスなのでびっくりするほどずっと家にいる。そのおかげで、毎朝いってらっしゃいと見送ってくれて、家に帰ると必ず明かりがついていておかえりを言われるのがとても嬉しい。おそろしくスタイルがよく、顔もよく、華奢な左手薬指にはめた結婚指輪の号数が私とぜんぜん違う。私となにもかもが正反対の性格で、こんこんと話し合う緻密なチューニングを毎日心がけているけど、ときどきラジオの周波数が噛みあうみたいに、はじめからすばらしく一致することもある。

ドライヤーで髪をうまく乾かせなくて、お酒を飲むなら雪が降る県でつくられた日本酒派で、朝起きてしばらくは眠くて機嫌が悪い。髪型をころころ変えて、甘いお菓子よりはポテトチップスが好きで、去年の誕生日プレゼントに贈った華奢な金フレームの眼鏡をかけている。そういうミイさんを形成するものごと一つひとつを、添い遂げながら一番近くで見ていたい。私との違いと、そういうふうにある理由、考えていることの道筋を知りたいし、私のことも同じように知ってほしい。秘境で見つけた未知の生きものを観測するような気持ち。

きのうはお揚げのうどんと青海苔いぶりがっこのポテトサラダ、今夜は昆布塩からあげとひよこ豆サラダをおいしそうに平らげていた。肌寒い日は温かいお茶やスープを飲ませ、疲れた日は疲労に効くお酢や豚肉のおかずを食べさせ、この身体と精神がずっとずっと健やかであるように願っている。

桜、お花見のこと

去年の3月頃。ミイさんと過ごす初めての春を迎えて早々に、この人とお花見に行くことはおそらくほとんどないんだろうな…と察しがついた。花粉症が酷すぎるのだ。輪郭のやわい春の空気を感じるのが大好きな私は、せっかくの陽気だというのに窓を閉め切る生活にそれなりのショックを受けたけど、こればっかりは仕方ない。洗濯物やふとんは乾燥機がフカフカにしてくれるし。

ただ幸いなことに、今年は花粉症のピークがやや早くに過ぎたようで、散り際寸前に駆け込み花見をすることができた。スーパーや惣菜屋で食べものを買い集め、公園で桜を眺めつつ食べるだけのピクニック未満の催しだけど、ミイさんと一緒だとなんだって楽しい。焼き鳥、たこ焼き、イカリングのからあげに缶ビール。味の濃いお惣菜を食べながら春の屋外で飲むお酒はすばらしくうまい。料理は好きなもののお弁当作りには正直さして熱意が湧かず、こういう時はできたてのジャンクフードを頬張るのが好き。公園にホットスナックを買える売店があると食後に気づいたので、秋になったら紅葉を見ながらフランクフルトやセブンティーンアイスを食べよう。

ミスタードーナツとタコスのこと

「生活圏にミスタードーナツがある人間」だけが持てる、心の豊かさみたいなものがあると思う。私は気が向きさえすれば、いつだって好きな時に好きなドーナツを食べられる選択肢を持っているんですよ、という圧倒的な気持ちの余裕。光栄なことにこの余裕をぶっかまして暮らしている側の人間なので、休日や在宅勤務日の朝食によくドーナツを買う。私はゴールデンチョコレート(あの黄色のつぶつぶを愛してる)とココナツチョコレートとオールドファッションハニー、ミイさんはフレンチクルーラーとシュガーレイズドが好きで、エビグラタンパイなんかのしょっぱい系は二人とも好物だからいつも分け合って食べる。

先日、そんなふうに朝食を調達しにミスドへ行った時「タコスミート&チーズパイ」という期間限定のパイを見つけた。誇張なくこの春で一番嬉しい出会いだった。ミイさんがほぼ食わず嫌いで敬遠しているので、我が家の食卓にものぼらず、一緒に外食するときのメニューにも選ばれないタコスは、悲しいことに私の大好物だ。世界のあらゆるタコスを作る動画を休日に延々観るくらい好き。手巻き寿司と同じくひとりで食べられるような料理じゃないから、こんなふうにパッと手に入るのはめちゃくちゃありがたい。トルティーヤと野菜がなくても、あのスパイス風味に飢えた身にはタコスミートだけで全然嬉しい。

パイ生地に包まれたタコスミート、というのは初めて食べたけど、これはこれでしみじみとおいしかった。期間限定なのが悲しすぎる。店舗をまわってまとめ買いして、冷凍したのを大切に食べようかとも思ったものの、それはそれで買い占めっぽくて気が引ける。

封印していたタコス欲が完全に目覚めてしまった。ミイさんはポテチ系のお菓子が好きだから、柔らかいトルティーヤ生地じゃなくて、パリパリのタコシェルに具を挟むアメリカ式タコスから慣らしてみたら案外喜んで食べるかもしれない。ひと口献上したタコスミートパイは残念ながらお気に召さなかったようだけど(スパイスの味が苦手そうだった。カレーは好きなくせに)このパイは肉とチーズオンリーで結構こってりしてるからだろうな。さっぱり辛いサルサソース、生たまねぎやライム果汁、刻みパクチーを効かせれば恐るるに足りない。そんな闘志に燃えながらドーナツとパイを食べてコーヒーを飲んだ。