いぬごや

よくはたらくいぬです

遠雷の夜

毎日たくさん水を飲もう、と今朝急に思い立った。思い立ったまま2リットルペットボトルの水を買って、袋に入れてもらうのも億劫だったのでそのまま腕に抱っこして出社したら、並びの席の同僚ふたりがほぼ同じことをしていて笑ってしまった。昨日越してきた新しいオフィスは、思ったとおり陽あたりがいい。ブラインドの隙間をひらくと午前中の強い陽射しがどんどん入ってきて、みっつも並んだミネラルウォーターの大きなペットボトルをキラキラと透かす。

無糖のアイスコーヒーを好きなだけ飲める本社を離れてしまったので、これを機にカフェインを控えようと試みている。デスクで毎日使っている大きなマグカップにミネラルウォーターをなみなみ注いで、仕事中や食事の折に意識してたくさん飲んでいたら、帰る頃にはペットボトルが空になった。些細な達成感を得られるものが日常のなかに増えると嬉しくなる。

久々に調子がよかったので音楽を聴きながら機嫌よく自分の仕事をしていたら、ふと上司に呼び出された。スタバの甘いなにかを優しく買い与えられて、雨の匂いのする中庭でなかなかにとんでもない内示を受ける。腹を、そうとうな覚悟をもって括らないといけない。どっしり構えなさいよと言われた気がした。年齢とか経験とかのどう足掻いたってすぐ手に入らない色々を、なにを使って補えばいいんだろう。

遅くまでやっていた馴染みの焼き鳥屋で、ももとつくねとぼんじりを買って帰った。小雨の降るなかで傘を差して、ぼうっと裸電球や炭火や七夕飾りを眺めながら焼きあがりを待つ。たれを焦がした香ばしい煙のにおいが雨に混ざって、甘くけぶった湿気を嗅いでいるとなんだか無性に眠たくなった。熱い包みを手に提げて帰ったそれと、トマトスープの残り、昨夜買った味の濃いプラムをふたつ食べた。

遠くに雷が聞こえる。明日もミネラルウォーターを抱えていって、お気に入りのあんぱんを朝食に食べて、つとめていつもどおりに振る舞う。内示を受けたあと恒例の、誰にも何も言えないじりじりとした孤独と明日から付き合っていかなければならない。