いぬごや

よくはたらくいぬです

雨音のしない夜

仕事だけの人間がいかにつまらないかを知っている。そしてそういう人間は、得てしてそこまで仕事ができないことも知っている。そうはなりたくないから、人と過ごしたり、義務に駆られてではなく楽しんで料理や掃除をしたり、花を飾ったり植木に水をやったりして暮らしているけど、疲れたなと思うときが増えた。そりゃそうだ。コンビニで買った昼食を仕事をしながら夕方に食べているのに、毎日欠かさず6鉢の観葉植物を慈しめるわけがないし、毎朝雨のなか出勤するために化粧をして癖毛にアイロンをあてる時間は、在宅勤務の人たちへのいわれのない妬みで満ちている。ついでに、この疲れと今後もそれなりに付き合っていかないといけないことも知っている。

あんまりにくさくさする一週間を過ごしてしまった。極めつけに、月末のご褒美として同僚と企てていた鰻を食べに行く約束が、色んなことが重なって叶わなかった。それだけ?みたいなことで人っていうのは簡単に折れる。だからとにかく特効薬がほしくて髪を切った。それと新しい靴下に、ボーダー模様の夏用スリッパ、大好物のタピオカココナッツミルク(モチモチしたのをストローで吸うあれではなく昔ながらの)、きちんと料理しないと食べられないたくさんの食材。仕事で乱れた機嫌くらいなら、ユニクロとスーパーに行けば一旦ごまかせる。白い自転車に乗って、ひさびさに雨の降らなかった街を奔走した。

最後にいつもの花屋に寄ってひまわりとかの切り花を買おうかと思ったものの、どれもきれいで華やかすぎてなんだか目が疲れる。それに、何日か経てば萎れてしまう。花屋でそんなことを思うのは初めてだった。かわりに、ジャングルみたいに植物ばっかり売っている馴染みのリサイクルショップに立ち寄って、なにかの苗を買おうと思い立った。思い立ったままの勢いでハイビスカスの鉢植えを買い求めた。去年の今頃この店で買った小さなオリーブの苗は、私の背をとうに越してベランダの主人になっている。それくらい暮らしにしっかり侵食してくれるものが欲しかったのかもしれない。

単純なもので、買ったばかりの夏用スリッパを履いて茄子とにんにく入りの豚バラキムチを作って、お風呂上がりのビールを飲みながら食べたら、なにもかもを睨みつけたくなるくらい荒んでいた内心はひとまず凪いだ。切ったばかりの髪も軽い。奥底に燻っているものを見ないふりできるくらいには満ちた。次の週末になったらまたなにもかもが嫌になっているだろうけど、来週の私がまたどうにかして機嫌をとると思う。ハイビスカスの苗がすぐに赤い花を咲かせて、そのかわりをしてくれたらいいのに。葉に、霧吹きで丁寧に水をやった。