いぬごや

よくはたらくいぬです

レタスと初夏を噛む夜

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デスクのオーディエンスの皆さん

新人教育のために、家の仕事デスクの上のふせんや万年筆、イチゴのチョコレートなんかのこまごましたものをノートパソコンと一緒にリュックに詰めてオフィスに戻った。やっと一週間が終わった。

単純に研修で忙しいからだけど、毎日をとてもとても長く感じた。毎晩疲れ果ててうちに帰ると、こまめに掃除をしたり料理をしたりしていた在宅ワーク中に比べて、いくぶんか荒んだ部屋が私を待っている。自炊する暇どころかまともに夕飯を食べる時間すら捻出できなくて、冷蔵庫の中の作り置きや使いかけの野菜、食器棚に置いているフルーツが傷みかけていているのを見つけて少しずつ気持ちが擦り減っていく。会社で夜食を摂って、わざと遅くに帰ってくる毎日を繰り返した。

料理が好きだ。過程にも結果にも快感をおぼえるし、自分がつくったものはたいてい自分の好みの味にできあがる。単なる大根やじゃがいもやひき肉やたまごが美味しいたべものに姿を変えることをうれしいと思う。でも結局その果てはどこに向かうかというと、あぁ私は人のごちそうさまを聞きたいんだなと自粛生活の序盤ですぐ腑に落ちた。おいしくできたとか今日のはちょっと微妙とか言い合いながら、スーパーで買った庶民的な食材を賞味期限内に新鮮なまま食べきって、週末にエコバッグを持って買い出しに行って、キャベツが半玉で198円もするとかブロッコリーが100円で買えたとかのしょうもない話で一喜一憂して過ごしたい。そういうのを全部すっとばして、ただひとりで買い出しと調理と食事を繰り返すのは、なんだか果てが見えなくてくるしいなと思う。ひとりで自分の料理を食べ続けることにじんわり疲労を覚えはじめてしまった、ような兆しが見える。
心の内側にまねきいれた人と食卓を囲むことを、ずうっと繰り返しながらこの家に暮らしていたなとスマホの写真を眺めていてぼんやり思った。ひとりは好きだ。一人っ子だからというのもあって、別に群れていないとなにをしたらいいかわからないたぐいの人間ではない。本も音楽もいねむりも、家事やちょっとした散歩だってひとりでいくらでも楽しめる。「暇」は苦ではない。ただ、自問自答をしつづけながら黙々と文章を書くという仕事内容が孤独に拍車をかけてしまってか、食べることと夜に眠ることをひとりでやるのがどんどん苦手になっていく。

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連休終わりに作った手羽元の醤油はちみつ煮

それでも新人の面倒を日々つきっきりで見るようになって、徐々に上向きに戻っていったような気がしている。なにかものを教えるたび、瞳をぴかぴかに輝かせてどんどん業務を覚えていく新人の女の子を眩しいと思うし、恋人が贈ってくれたサーモスのマグカップの中でアイスコーヒーがいつでも冷えているし、人のまばらな夜のオフィスで自分の仕事をゆっくり進める時間もそこまで嫌いではない。たまに、終業後にデスクでそのまま缶ビールを煽ることが許される。自分を含めた管理職ばかりが残った異常事態のオフィスのさまに、誰もがしたたかにやっていこうとする気概と日常の名残を感じとって、愛しいと思う。

昨夜、悪くなりかけているレタスときゅうりを食べてしまわないとと思い立って、ごま油やお酢や鶏がらスープをまぶしてボウルの中で雑に混ぜ合わせたサラダを作って食べた。すっかり傷んでいると思っていたのに、口にしてみるとパリパリシャクシャクとみずみずしい歯応えを残していて、ひんやりと青い味に初夏を感じた。いつのまにか柔く新しい葉をつけたセロームの鉢を眺めながら、深夜1時過ぎにつめたい野菜を頬張ってグリーンラベルを飲む。芽吹いたばかりの葉という存在がとても好きだ。つやつやと柔くあかるいグリーンに、細かい金色の産毛が輪郭をふちどってひかっている。家のすべての植物がどんどん新しい葉をつけはじめた。この家で迎える二度目の夏がくる。元気を出さないといけない。

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急に新しい葉っぱを出してとてもえらい