いぬごや

よくはたらくいぬです

焚火のにおいの猫を抱く夜

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ひとりで住む家をぴかぴかに磨いて、きのう実家に帰ってきた。久しく会っていなかった猫のおでこを嗅いでは少し嫌な顔をされるのが楽しくてずっと構ってしまう。13歳になるうちの猫は仔猫の頃からずっと、焚火や焼き芋、炙った干し芋、ミルクとバターたっぷりのスイートポテトのような甘くて香ばしい匂いがする。この家で長く暮らしていたというのに、人間以外のいきものがそのへんを好きにうろうろ歩いていることが、実家を出た今とても不思議に感じる。

鶏ガラと干し椎茸のだしをとってお雑煮を作って、赤い金時人参を梅のかたちに飾り切りしたり黒豆を煮たりしておせちを作る。年越し蕎麦にのっける海老の天ぷらを揚げる。台所の使い勝手をだいぶ忘れていた。ひとり暮らしを始めて二度目の年越しだ。


ひさびさに帰るたびに、両親も猫も少しずつ老いている。南向きの窓から射し込む陽にあたって猫が眠っていて、古い映画のDVDがたくさん並べられて、コーヒー豆や阿波番茶や灯油ストーブの甘い冬のにおいにしんしんと満ちたこの家をとても好きだと思う。それでも、もう自分の居場所はここではないなと思う瞬間が増えた。家族でバラエティ番組やお笑い番組を観るのが好きだったのに、出演者のちょっとした発言ひとつでリビングの空気がきりきりと引き攣ることが多い。一人っ子で20代も半ばを過ぎたセクシャルマイノリティの自分は息がしづらい。風邪を引いたら看病してもらったり、誕生日ケーキを一緒に食べたり、台風の夜にふたりで窓に段ボールを貼ったり、この一年間誰よりそばで過ごしたかつての恋人のことを名もない「友達」としてしか話せない。

早くうちに帰って、ハチとごはんを食べて、お揃いのシャンプーが香る髪を代わりばんこに乾かして、やわい頬をくっつけあってふかふかのベッドで一緒に眠りたい。ハチが居なくたって寂しくない。本がぎっしり詰まったロフトがあって天井がとても高くて、真っ赤につやつやとひかる冷蔵庫とオーブンが置かれていて、フィカスベンガレンシスとイチジクの葉が水を滴らせている、あの正方形の東向きの部屋。朝陽がまっすぐ射し込む愛おしい部屋が私の帰る家だ。


穏やかで色鮮やかな一年だったな。身体を壊して休職していた春がとても遠い日のことみたい。眩しい川面に目を細めながら毎日どこまでも歩いて、夜になるとハチとこんこんと眠って、静かに傷を癒して。新しい仕事に就いてからは毎日和やかに過ぎていって、物書きでごはんを食べられるようになった。お弁当を作ったり会社帰りに八百屋で野菜を買ったり、そんなことはとても叶わない贅沢だと思っていたのにね。朝起きて夜に眠って、心身ともに健やかに暮らして、程よい熱量で仕事にも打ち込んだ。四季を慈しむ余裕も持てた。この日々を守っていけば、これからもささやかに楽しく暮らしていける。


2020年は現状維持かな。このまま慎ましくのんびり暮らしたい。大切にできる人と出会えたらな〜とも思うけど、まずは自分と暮らしを大切にしたい。公私ともにたくさん書いて、植木の世話をして、料理のレパートリーを増やしながら和やかにやっていきます。来年もよろしくです。今夜は猫が眠るまで、喉もとのいちばんやわらかい毛並みを撫でて過ごします。