いぬごや

よくはたらくいぬです

滲みあう秋の夜

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このところハチがよく、恋人だったころの話をする。


かき氷のメロンシロップを炭酸水で割って、スプーンですくったバニラアイスを乗せたクリームソーダ。夏が終わるころによく作る。台所の棚から飲み残しのラム酒を勝手にとってきてとぷとぷと注ぎ入れて、あのころ終電までの時間を名残惜しんだ店でよく飲んだ「大人のクリームソーダ」と同じ味がすると言いながらスプーンを舐める。よく混ぜないまま、メロンシロップとラム酒が濃いところをひとさじすくって口元に差し出される。

そうして当時飲んだものよりだいぶアルコール度数の高いソーダを分けあって飲み干して、酔いのままに曖昧に触れ合っているうちに、どちらともなくお腹がぐうぅと鳴ったり、いっとき存在を忘れていた鳩時計が元気よく鳴いたりする。良いムードがしょうもない理由でこわれるたび、あのころと変わってないねと私の頬を両手でつつんで笑う。橙の常夜灯だけをつけた部屋で一枚のタオルケットを分けあってあたまからかぶって、暗がりの中でひたいをくっつけあってくつくつと内緒話のように笑っていると、すごく、すごく幼いこどもに戻ったような心地がして、なんだか泣きそうになる。恋人だったころよりよっぽどたましいを晒しあっている。化粧を落とした肌と肌が、はじめから決まっていたみたいにしっくりと馴染む。触れあううちにお互い何度もお腹が鳴ってしまって、もう夜遅かったけれど、卵かけごはんをつくってふたりで食べた。あいにく醤油を切らしていたからとろろ昆布をふわふわと裂いてごはんに乗せて、ごま油をほんの数滴垂らしてやると、嬉しそうに目を細めて頬張っていた。


互いにとても長い間、あの幼かった日々のことを、まるで触れたら割れてしまう薄氷のようにおそるおそる扱っていた。今更割れやしないのに大切で大切で、かけがえがないことを知っていたから。不意に割ってしまって二度と触れられなくなることが何より怖くて、そっと眺めるだけでしまいこんでいた。

それをふたりで取り出して、一緒に眺められるようになった。なんて変化だろう。連れ立ってどこかへ出かけたり、お洒落な店で食事をしたりする頻度はぐんと減ったけど、週末になるたびすっぴんの部屋着姿で、ハチの家の柔軟剤のにおいを胸いっぱいに吸い込んでうとうとまどろんだり、私の家のロフトのすみっこで身を寄せあって夜更かししたりする。ふたつの暮らしの境界線がゆっくりと滲んでいく。


もうすぐ、この街に越してきて一年が経つ。金木犀はもう散ったあとで、青い蜜柑があちこちに実をつけていた。ぱらぱらと散る松の葉が白い陽射しに光ってきれいだった。駅から家までの間にあるなだらかな坂のてっぺんから見る秋空を、とても高いと思った。空っぽの部屋のフローリングにハチと寝転んで、引越しの荷物が届くのをうたた寝しながら待った、よく晴れた秋の日を思い出す。