いぬごや

よくはたらくいぬです

過ぎた嵐をおもう夜

f:id:mogmog89:20191013190450j:image

台風が過ぎ去って、ぽかんと高い秋空を眺めながらいろいろと家事をして過ごす日曜。ベランダの窓ガラスに大きなひびが入ってしまって、アパートの管理会社や保険会社に電話をかけたり。梅雨頃から待っていたフィギュアがようやく届いたのを飾りつけたり。家事の片手間、台風の暇潰しに大好きなドラマの『最後から二番目の恋』を1話から観返していて、子どもだった放送当時は特にどうも思わなかった台詞がじくじく沁みわたっていることになんとなく時の流れを感じる。


ハチとのことをよく考える。恋人には戻らない。その代わり、傷をなめて支え合う無二の存在として、この先ずうっとさよならをしない。それってどう過ごせばいいんだろうと洗濯物を干しながら考えていたけど、思えばこれまでもごくごく当然のように支えあってきた。優しくしあってきた。それが続くだけなんだろうか。それともなにかが変わるんだろうか。


昔働いていたケーキ屋の大好物のキャラメルケーキを半分こするとき、何のためらいもなく、上に乗っている蜜がけのくるみとレーズンをハチの皿に乗せてあげられる。ショートケーキとタルトに乗ったいちごやマスカットもハチのほうへひと粒多く分ける。

私の手のひらはなぜかとても熱いから、生理中のハチのおなかや腰を温めてやれる。

夜中に咳をすると、どんなに真夜中でも必ず目を覚まして、寝ぼけながら背中をぽんぽんとあやしてくれる。

仕事帰りに雨でびしょ濡れになりながら家に行くと、頭にタオルをかぶせながら慌ててスープを温めてくれるし、私の家ではオーブンがなくて作れないグラタンを焼きながら帰りを待ってくれている。

背中の開いた服を着ているハチの肌が少し乾燥していたから、自分の身支度ついでにニベアを塗ってやる。

八百屋で安かったかぶとなすと里芋を、私のぶんまで買ってお裾分けに来てくれる。そのお礼にごはんを作って食べさせる。

背の低いハチでは届かないベランダの窓に、台風対策の養生テープをかわりに貼ってあげる。

暴風雨の吹きすさぶ台風の夜、しきりにこわいと不安がる山間部生まれのハチと何時間も通話を繋いでたわいもない話をする。

カルボナーラを作った残りの生クリームをかき混ぜていた私の手元が拙いのを見かねて、泡立て器を取りあげて綺麗なホイップを作ってくれる。(料理はするけどお菓子作りはしないので泡立て器に不慣れ)

ドライヤーをよこしてくる甘ったれを膝の間に座らせて、ヘアオイルを使って髪を丁寧に乾かしてやる。

ハチの家でうとうとする私を自分のパジャマ(背が違うぶん丈が足りない)に着替えさせて、ふかふかのベッドに寝かしつけてくれる。

 

一緒に眠るときは、ハチの求めるとおりに腕枕をしておでこ同士をくっつける。たった数秒でするりと心地よく体勢が整う。ハチがおなかを冷やさないように、サイズの大きい私のパジャマの乱れを布団の中で直してやる。

たまに、腕枕をしてくれる。いつも私がしているし、ハチのほうが私よりよっぽど身体が小さいけど、時々お母さんみたいに甘やかしてくれる。襟足で跳ねる私の髪をゆっくり撫でてくれる。


ひと同士、大事にしあうってこういうことだと思うし、私とハチはたぶんこれで合っている。恋人ではなくても慈しみあうことはできる。台風の夜に無事を確かめあって、互いの一人暮らしを少しずつ支えて補いあって、明るい昼間はそれぞれ異なるところで働いたり別の誰かと過ごしたりする。不安がなくなった。この先の冬や春や夏のこと、一緒に行きたい店や街のこと、ハチと「今度」の話をすることに怯えなくてもよくなった。代え難い友愛だと思う。こうやっていれば一生途切れずにいられるかな、と考えながら、海外にいるハチのお母さんが貸してくれた自転車を漕いで夕暮れの街を走った。台風の過ぎた住宅街は金木犀と洗濯ものとお線香のあまく懐かしいにおいがして、卵色に染まる秋空がひどく高くて、ハチの安心しきった寝顔を見たくなった。