いぬごや

よくはたらくいぬです

いまさら春に気づく話

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先日、いまの会社にきてちょうど2年が経った。年度末&年度頭およびゴールデンウィーク直前の繁忙期まっただなかにつき、たった2年ぽっちの間にいろいろありすぎるだろうと感慨に浸る暇もないくらいばたばたしていて、気がついたら5月になっていた。いつの間にか春まっさかりらしい。

うちの会社は新卒採用をしていないのもあって、会社説明会とか新人研修とかでリクルートスーツの初々しさに目を細める機会もない。会社の大きなお花見や新人歓迎会ももちろんなし。楽だけど、管理職になって「会社側」に立つことが増えた身としては、親睦の機会減少みたいな懸念がやっぱりちょっと気にならないでもない。だからってどうもできないから、閑散としたオフィスビル内のレストランで、課長仲間とアクリル板越しに「うちはあんまり春っぽくないですね」と管を巻きながらハンバーグを食べて査定の話をしたりしている。


丸2年。まだそれっぽっちしか経ってないのね。新卒入社した会社で3年目になる春、と置き換えると長く味わい深く感じるけど、この2年は公私ともに変化が多すぎて、とてもじゃないけど密度が月日に見合っていない。

去年のゴールデンウィーク前後はいっとき在宅勤務をしていたから家がとてもきれいで、毎日お皿をいくつも並べる品数ばっちりの自炊をしたり、植物や革靴のめんどうを見たり。爪もいつだってこまめに塗って、挙句仕事の糧にと思ってCSSの勉強までしていた。あのときのバイタリティはどこから湧いていたのか。生き物として強すぎる。

あれからなんだかんだあって課長などになってしまったせいで、自分の努力が及ばない範囲のことで夜中にうなされるほど悩む機会が爆増してしまい、そのぶんだけ家は前ほどきれいに保てなくなったし、コンビニやデリバリーに頼る機会もうんと増えた。早くもっともっと歳をとりたい。まだ6年しか社会人をやっていない身で30人近くの部下を抱えていると、頑張るとか頑張らないとか以前にキャパのやりくりがシンプルに狂うときが往々にしてある。


最近、どうしたものかと思うくらい気圧の変動に弱くなった。新卒のころは、雨の日に偏頭痛で不機嫌になる上司の気持ちがちっともわからなかったのに。日頃からちゃんとしていないとちょっとずつガタが出るようになってきたなあと思いながら、夕飯にトマトをたくさん食べた。

板の上の太陽の話

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自分よりみっつ年上の、元アイドルの女優さんをもうずいぶんと長いこと応援し続けている。誰からも愛される笑顔と屈託のない精神、前髪の隙間に燃える眼差し、すらりと美しいけものみたいな身体のしなり。彼女を形づくるすべてのものがいつだって心の底から大好きで。コロナ禍でどうしても活躍をみられる機会が減っていたなか、冬からずっと楽しみにしていた舞台をこの週末にとうとう観にいくことができた。

遠くて眩しいばかりの星ではなくて、ときに一緒に燃えて、ときに暖かく照らしてくれるお日様。彼女は私にとって昔から長年変わらずにそういう存在だった。キラキラ光るサイリウムを両手に掲げて力いっぱい名前を叫んでいた頃から、帝国劇場でオペラグラスを握りしめて涙を流したりなんかするようになってからもずっと、舞台という板の上で輝く彼女を目にするだけでこれからの人生を頑張ろうと思える。劇場やライブ会場にいるその非日常的な時間だけが楽しく色づくんじゃなくて、就活とか仕事とか、そういう灰色にヒリヒリした毎日の暮らしを歯を食いしばってやっていけるように息を吹き込んでくれる。推し、にかわるもっともっと情熱的な言葉を見つけたいくらいだ。

彼女がアクターとして活躍して姿を見せ続けてくれることそのものが、骨や心臓が震えるほどに感情に火をつけると久しぶりに身体が思い出した。カーテンコールで役の抜けた彼女が満面の笑顔を浮かべてほっぺたをくしゃくしゃにしているのを見た途端、長い長い年月やこれまでの途方もない軌跡や、いろんなものが雪解けのようにあふれてもうたまらなくなった。

コロナ対策のためにたくさんのルールが増やされて、それでも大勢の観客と心地よいさざめきに埋め尽くされた劇場で、そういう気持ちを久々に思い起こせてとても嬉しい。臙脂色のフカフカの椅子とか、幕間に緞帳のむこうからこぼれてくるオケの音合わせとか、あの空間を形成するすべてのパーツをもれなく愛してる。カーテンコールの拍手で手がじんじん痺れる感触すら愛おしいね。一緒に来てくれた恋人に観劇中の顔面の一部始終をだいたい見られていたので、人としての尊厳が数パーセントどっかにいったけどなにも問題はないです。そんな春の日。

トマトパスタの夜

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先日、ミモザと黄色いチューリップを買った。毎晩遅くに帰ってきても黄色いものを見ると元気が出るし、気分がわかりやすく春っぽくなるから。なかでも特に、チューリップの束が猫みたいにどんどん水を飲む。ちょっと目を離した隙に花瓶の水のかさが5cmくらい減るので毎日驚いている。生き物を飼ってるように錯覚できて楽しい。

近々くることが決まっている重い仕事の依頼が待ちのままだったので、今日は21時くらいにさっさと会社を出て、トマトとニンニクのパスタを作って食べた。平日の夜に作り置きじゃない料理を食べるのはかなり久しぶり。カプリチョーザのトマトとニンニクのスパゲティに似せて作ったらまあまあちゃんとできた気がする。休日に恋人と開けたワインが残っていたからそれを飲んで、ここ1ヶ月ほど仕事が最優先になってしまっていたのを反省しながら、お皿もフライパンも流しに積まずにちゃんと洗って拭いた。

公私も昼夜も問わず、毎日色んな人に甘やかされて生きているなと感じることが多い。仕事とか誠意とかでちゃんと返したいなと思う。春はもうちょっと大人になりたいね。

粗挽きマスタードの夜

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祝日と土日の隙間を埋めるように、先日休日出勤したぶんの振替休日をとった。4連休の2日目。疲れが溜まっていたからか昨日はほとんどうたた寝をして過ごしてしまったので、スーパーに食材を買いに行くついでに、近所の喫茶店でぼんやり本を読んだり書きものをしたりしている。

ホットドッグを食べてレモンソーダを飲んで、読みかけていた文庫本を一冊読み終えた。自転車で来ていなければビールにしたかったところだけど。粗挽きマスタードがちょっと涙目になるくらいたっぷりと効いていて、パリリとジューシーなここのホットドッグがしみじみと好きだ。食べているうちに、昔映画館で働いていた頃、余って廃棄することになったホットドッグをもらってよくバックヤードで齧っていたことをふと思い出した。安っぽいフカフカのパンにすぐ冷めるソーセージ。あれはあれでおいしかった。

ここ数日、大きな仕事がひと段落ついたので、台所まわりの欲しかったものをぱらぱらと買い求めた。スキレットとかマッシャーとか、素焼き部分がジンジャーブレッドみたいな平皿とか。高価なものではないけど、調理器具や食器が増えていくと暮らしが目に見えてアップデートされるみたいで簡単に嬉しくなれる。恋人になにかおいしいものを食べさせたいね。外が暗くなってきた。これから大きいスーパーに行く。

まだ冬がいい夜

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年明け少し経った頃から急に襲ってきた未曾有の繁忙期が、たぶんもうちょっとで落ち着く。基本的に仕事も会社の人間も大好きだから、毎晩終電まで会社にいても楽しく元気にやっているけど、休日出勤や持ち帰り仕事がかさんでさすがに疲れてきた。昼夜問わず眠い。なんか憑いた?ってくらいめちゃめちゃ書ける時間帯(ゾーンと呼んでいる)と、ろくにアウトプットできないぬけがらの時間帯が交互にくる。満腹中枢が若干バグっていて、食べられるときとそうでないときの振り幅がひどい。頭は疲れているのに身体を動かしてないからお腹が重たくて、きのうと今日は仕事の合間を縫って長いこと散歩をした。

春が近いなと思う。今日はもうずいぶんと暖かくて、セーターにコートを着ていたら暑いくらいだった。歩くときに空を切る手元で、風とかの輪郭が急にふっとぬるくやわらいだように感じた途端、公園でサンドイッチやドーナツを食べたくなった。マスクをふちどるように顔が鋭い冷気に晒される冬が大好きだけど、春もわりと好きだ。

白と青の2色に塗られて消しゴムみたいに並ぶ団地とか、そのベランダに干されたたくさんの洗濯物とか。そういうのに茜が射すのをぼんやり眺めながら歩いていると、寂しいのとは違うけれど色んな感情がぐーっと込み上げてきてたまらない気持ちになる。この先のこととか、いつまでここに暮らしていられるんだろうとかそういうの。このところ幼馴染や前職の相棒が次々と結婚していって、その子そのものみたいに馴染んでいた苗字が旧姓としてカッコの中にしまわれているLINEの名前表記を見たときに、なんだか言語化できない感情が渦巻くあれと似ている。春が一番好きだと言えない理由。

川辺を歩くとき、いつも鴨を眺めて数を数える。20を超えたくらいでいつも飽きてやめる。22羽まで数えて、うちに帰ってきちんと仕事をやって、サバとトマトのスープとか茄子の揚げ浸しとかを食べてビールを飲んだ。まだもうちょっと冬でいいのになとか思いながらこたつで時間を溶かしている。いつしまおう。在宅勤務開始にあわせてこたつを片付けた春から、もうすぐ一年が経つ。

彦星の夜

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全然いまに始まったことではないけど、いつも仕事のことばかり考えてるなと思う。課長になって少し経った。肩書きが追いついたパターンなので仕事内容はあまり変わらないものの、気持ちが穏やかになったような気がしている。社員の大部分が在宅勤務中になってがらんとしたオフィスで、課の新人をつれて席替えをした。広いフロアのちょうど真ん中あたり。窓を背にするオフィス奥の席(入社以来ずっとそこにいた)は、すぐそばに冷蔵庫やコーヒーサーバーやソファがあってとても居心地がよかったけど、ひと目にふれる席のほうが寂しくなくていい。

突然舞い込んだ緊急の仕事に忙殺されていたら、上司や他部署の偉い人やコーダーやディレクターの人たちが毎日うんとやさしくしてくれた週だった。「このご時世じゃ飯に連れていけないから」とハーゲンダッツやドーナツを買ってくれたり、夜食にお寿司をとってくれたり。リンツのチョコレートを毎日ひと粒ずつくれたり。そういう好意を変に遠慮したり申し訳なさがったりせず、いつでも素直に感謝して大喜びできるようであり続けたいなと思う。恩は仕事で返そう。

今日は暖かくて嬉しい。洗濯物を干して自転車で川辺を走って、がらがらの星乃珈琲店でミートソースパスタを食べて、いま彦星ブレンドを飲んでいる。チェーン店のコーヒーのなかではこれが一番好き。ネーミングも好み。文庫本を一冊読み切るうちに陽が傾いて肌寒くなってきたから、コーヒーのおかわりを飲み終えたらスーパーで食材を買って帰る。今夜はサバを食べようね。

狐のビールの夜

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真っ白い自転車を買った。昨年頑張ったご褒美のつもり。嬉しさのあまり土曜の朝から外を走りまわって、大好きな冬の清涼な空気を思う存分浴びた。重いかさばる買い物が気楽にできるのが嬉しいな。みかん、バナナ、お酢、トイレットペーパー、台所用洗剤とボディソープの詰め替え、そんなような手に提げるにはちょっとしんどい買い物だってまったく苦じゃない。陽のあたる急勾配の坂や空が広く開けた川辺をゆったり自転車で走っていると、2年と少し住んだこの街をいっそう好きだなあと思える。

この週末は黙々と料理をしたり、恋人とのんびり過ごしたり。卵とトマトと挽き肉の酸辣湯、豚バラ大根、なすの揚げ浸し、ほうれん草のメンマ和え、味玉、粉チーズをまぶした揚げ里芋。お正月の残り食材を使い切って、瓶に作っていたミョウガ青海苔オイル漬けは冷奴に乗せて食べ切った。すっきりした冷蔵庫にたくさんのタッパーが並ぶ光景は何度見ても気分がいい。

そのうちいくつかのおかずを保存容器に詰めて、恋人のうちに持っていった。ひとに料理を食べさせるときにだけ脳内に分泌されるドーパミン的な幸せ物質があるんじゃないかと真面目に思ってる。今年は正月からその欲が満たされ続けていて幸せったらない。豚バラ大根とかをつつきながら狐のラベルが可愛いクラフトビールを飲んだ。こんがり狐色にローストされた風味が濃厚でおいしい。クラフトビールがランダムで詰め合わせにされたものを年末年始に買ったうちの一本。馴染みの飲み屋になかなか行けない毎日がこれからも続くだろうから、今年は国産のおいしいお酒を色々取り寄せてみたいな。

年が明けて、管理職と新人以外の大多数が在宅勤務を再開したおかげでがらんとしたオフィスで毎日過ごしている。去年の春に一斉在宅化がはじまってから小一年。この光景もすっかり見慣れて、今ではもう異常事態だと思わなくなった。「お気に入りのマスク」とかいう概念さえうまれた。明日もまたいつも通り、スープとおにぎりのお弁当を持って会社に行く。