いぬごや

よくはたらくいぬです

甘いけむりに涙を飲む夜

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私は物欲がまあまああるほうだと思う。特にインテリア系のちょっとしたプロダクトや、釉薬がとろりとした食器、間抜けな動物モチーフのファブリックなんかにとても弱い。職人がひとつずつ槌目をつけた栓抜き、あらかじめすこうし曲げられた薄いガラス製のストロー、アイスクリームを程よい硬さですくうためだけのスプーン、ファミレスの古いロゴが入ったライター、なんて聞くともう愛おしさが止まらなくなってしまう。鉱石やボタンやお菓子の缶、きれいな包装紙、コーヒー豆の袋を留める金のクリップ、クラフトビールやサイダーの王冠、食玩やガチャガチャのおもちゃも大好きだ。

 

そういう私と対のように、ハチはとても物欲が薄い。アパレル業界にいたので服は好きだけど、アクセサリーや食器は最低限のものしか持たないし、なにかオブジェのようなものを飾ったり、こまごまとしたものを集めたりしているところは見たことがない。

ごく近い互いの誕生日にプレゼントを贈りあうことを決めて以来、ようやくほしいものが決まったという連絡がきたと思ったら、ドライフラワーがほしいと言いだした。壁に吊りさげて飾りたいのだと。花束を贈った恋人の頃をなんとなく思い出して妙な感慨深さを噛みしめた。長持ちはするけど、乾いてていいのか。奇しくも、仕事でプリザーブドフラワーについての記事を初めて書いたばかりの日だった。

 

贈るドライフラワーはもう見繕った。赤と青の花が入ったモフモフの大きなブーケ。数枚のレコードとワイン瓶があっさりと飾られた、簡素で居心地の良いハチの部屋をきっと物静かに彩ってくれる。ただ案外安価に済んでしまったので、それとは別でピアスをひとつ買うことにした。華奢なゴールドの鎖に、槌目を打たれたほっそりとしたリングが吊るされていて、月みたいだと思った。無駄な飾りがないシンプルなつくりはハチも好きそうだし、髪を耳にかけたときにこの月が揺れていたらいいなとぼんやり考えた。

 

風邪の治りが悪い。毎日咳き込みながら花やサロンやレストランや靴の記事を書いては、職場の冷蔵庫に備えつけられているアイスコーヒーや、ウォーターサーバーのお湯を冷ましただけの白湯で、喉飴のべたつく人工的な甘さを流している。レモン味の喉飴にいい加減飽きてしまって、今日はずっと同僚がくれたしょうがミルクの飴を舐めていた。喉の痛みと口内炎が治らないと、食べたいものが思うように食べられなくて元気が出ない。秋の深まるこの時期、馴染みの焼き鳥屋の煙が漂う近所の商店街の道を、タレと脂がこんがりと甘いつくねやももをかじりながら歩けたらどんなにいいか。自分で作ったハムカツや春巻きやアジフライにきゅっとすだちを絞って食べたくて仕方ない。涙を飲んで歩く足元で、枯れ落ちた松の葉やどんぐりの殻が、革靴の裏でパキパキと爆ぜた。この音は、わりと好きだ。

お揚げとわかめのうどんを作って食べて、追加で処方してもらった薬を飲んだ。八百屋で安くて買ったバナナはまだ少し青い。週末にハヤシライスを作るつもりだから、そのときにでもグラニュー糖をまぶして焼いてデザートにしよう。