いぬごや

よくはたらくいぬです

遠くをめざして歩く夜

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10年来の親友が結婚した。少し暑いくらいによく晴れたゴールデンウィークの中日で、芝の敷かれた中庭やサンルームのあるレトロな邸宅でのとても愛らしいお式。地元のミスタードーナツで試験勉強をしながらハニーチュロやえびグラタンパイを半分こしたり、西日の射し込む夕方の電車で肩に寄りかかり合いながらうたた寝したり、高校時代はまるで猫の子みたいにずっと一緒にいた。水泳部のマネージャーをしていた彼女と、夏休み明けの通学電車の中で腕の日焼けを比べたことをふと思い出す。あのとき隣で、真っ白いポロシャツから伸びた小麦色の腕に日焼け止めを塗っていた16歳の彼女が、こんなにも。新緑に映えるウエディングドレスのまばゆさに目を細めた。彼女と同じ店で買った3足1000円のハイソックスを履いていた16歳の私も、今ではこの日のために買った真新しいつやつやの靴を履いて、ご祝儀袋にきちんと筆ペンで名前を書いて、式場で久々に再会したかつての同級生と仕事の話ばっかりして。随分遠くまで来たね。君はもっと遠くに行くんだね。


式と二次会の間、ぽかりと空いた数時間を式場近隣の喫茶店で過ごした。綺麗な銀色に磨かれて火にかけられたやかんや、棚にお行儀よく並べられたクラシックなコーヒーカップを眺めることのできるカウンター席。少し天気が陰ってきて肌寒かったので、アイリッシュコーヒーを頼んだ。真鍮でつくられた繊細な星が可愛くて買ったイヤリングが耳たぶに刺さって痛くて、おろしたての靴にまだ慣れない脚も痛くて。

結婚式の前の晩、かつての恋人と明け方まで泣きながらこれからを話し合ったばかりで、喫茶店の薄暗さに眠気がぶわりと戻ってきた。人と大事にしあうってどうしてこんなに難しいのか。お互い泣き疲れてどちらともなくお腹が鳴って、オレンジの常夜灯だけをつけた真夜中の部屋でつめたい桃のゼリーを分け合って食べた。ひと言も交わさなくたって一本のスプーンで食べさせあう間やタイミングが息をするようにぴったりで、それに安堵しつつも嘆くような目の色までもが揃っていて、思わず至近距離で笑い合うのがどうしようもなくいつも通りで、こんなにも苦しい。目が腫れないようにケーキの保冷剤をあてて眠って、フォーマルなお化粧で寝不足を覆い隠して、親友の晴れ舞台にふさわしい大人にスイッチを切り替える。器用になったと思う。それでも新品のイヤリングや靴ごときで身体は痛むし、カウンターの内側でコーヒーがドリップされるさまを眺めていると、私が淹れたコーヒーをきちんと香りを楽しんでから啜る彼女のことをどうしたって思い出す。恋人だった頃には苦いと言って嫌がったブラックコーヒーを、私と同じ速度で年を重ねた彼女はいつしか飲めるようになっていた。

脚の華奢なグラスに注がれて、真っ白いクリームがぽってり乗った熱々のアイリッシュコーヒーはとても美味しくて、ひと口ごとにウイスキーの甘ったるい熱が喉を焼いた。


随分遠くまで来たね。私も、もっと遠くに行かなきゃならない。苗字の変わった親友が、大切な人とどこまでも一緒に行けますように。