いぬごや

よくはたらくいぬです

秋の魚がからだに泳ぐ

ここ一年くらいで、急に身体が寿司のありがたさに気づいた。私の好物はカッと火が点くような中華料理やバターたっぷりの洋食で(点心や海老チリ、カニクリームコロッケとかラムチョップを心から愛してる)、もちろん寿司や刺身も喜んで食べていたけど、ちょっとご褒美的な気分になれるなあと思うくらい。そこが明確に変わったのは、本当にここ最近だと思う。

熱いものや冷たいものを消化するには、わりと体力を使う。今みたいな夏の終わりは特に。くたくたに疲れた日はナイフとかフォークを細かく動かす丁寧な食事も億劫だし、濃厚な味噌ラーメンとかがいいなと思っても、身体がその重さを受けつけられない日だってある。先日部下たち全員の査定面談を終えて、脳から煙を出した自分をねぎらわずにいられなくなった夜、悩んだ末にちょっといい回転寿司を食べに行った。

そういう夜に食べるものとして、気を遣わなくていい価格帯だけどきちんと美味しい寿司っていうのはすごくいい。体温にほど近いシャリに、新鮮な鯵とか鯖をぽいと手づかみで食べる気らくさと嬉しさ。消耗した身体を酢飯がほぐして、食事をとれる態勢に整えてくれるような気がする。頬張るたびにちょっとした驚きがあって、それでいて刺激が強かったり汗をかいたりしないのもありがたい。炙りえんがわに塩をふってレモンを絞ったものなんかは目が覚めるほどおいしくて、火が海の生きものの表面をふっと撫でた口あたりにささやかな興奮を覚えた。チリ、と食材に火がとおった道や少し炭っぽい香りを舌で辿る、原始的な食感がすごく好きだ。

合間で囓る白身魚や秋野菜の天ぷらはカリッと揚げたてでほどよく塩がきいていたし(その寿司屋は揚げ物がとてもおいしい。特にえびフライの海苔巻きが大好きで行くたび必ず頼む)、ひと皿二貫の寿司をひとつずつパートナーと分けあうから色んな種類を食べられる。ちょうど秋の走りのネタが出ていたから、豊かな身の鰹や鰯をおいしく食べた。

お腹の中をお酢でさっぱり拭われて、水に棲む生きものを息づかいごと取り込んだみたいで、満腹になっても身体が重くない。うまいものを食べたなという満足感が足を軽くする。人はこういう感覚を求めて寿司を食べにいくのかな。