いぬごや

よくはたらくいぬです

難破船の夜

とうとうコロナにかかってしまった。ワクチンだって打ったし、2年近く色んなことを我慢して行儀よく暮らしていたというのに。かかるときは本当にあっけない。恋人とふたりまとめて罹患したので、味がわからなくなった恋人が美味しく食べられるものをうんうん悩みながら作ったり、喉が潰れて声が出なくなったときに保健所からの電話に出てもらったり、よたよた助け合いながらなんとか自宅療養を続けている。

加湿器の湯気がもうもうと揺らめく寝室で一緒に寝込んでいると、本当に世界にふたりしかいないような心地になった。たまに電話がかかってきたり救援物資の段ボールが届いたりはするけど、それだけ。外に出ちゃいけないので、自宅療養セットに入っていたカップスープやレトルトのごはんでなんとか食いつなぐ。薬が足りなくなると薬局の人がポストに届けてくれる。冷えピタを貼ったおでこをくっつけあって、火照った手を繋いで、体温計やパルスオキシメーターで散らかったベッドでひたすら眠った。こうも外界から完全に遮断されていると、自分たちが寝込んでいるあいだも社会がいつもどおり普通にまわっていることを不思議だとすら思う。難破船みたいな日々だった。世の中のすべてに置いていかれたような気がしたし、それでも一人じゃないからちっとも怖くはなかった。

まだまだ家にこもっていないといけない。ネットスーパーってのはとても便利で、生鮮食品やトイレットペーパーなんかをあまり日を置かず届けてくれるし、私も恋人も在宅でなんの支障もなく働ける執筆業だ。恋人の仕事場の机を半分わけてもらって、三度のごはんをともにし、文字通り四六時中一緒に過ごす毎日が続く。隣であたりまえみたいに「結婚したばっかりなのについてないね」とぼやくから、そうか、私たちはいま新婚なのかと自分に言い聞かせた。とくに同性カップル向けとかではない、オーダーメイドでつくってもらっている平凡で愛すべき結婚指輪(給料数ヶ月分とまではいかなかったけど)が、もうちょっとで左手の薬指にはまる。