いぬごや

よくはたらくいぬです

雨季と真夏のはざまの夜

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髪をとても短く切った。人生で一番短いかも。首を風と日光と人目に晒すのは少しだけ勇気がいるけど、慣れるとすごく背筋が伸びる。夏を迎える儀式みたいに、毎年この時期になるとベリーショートにする。慌ただしく撮影現場を駆け回っていた去年までと違って、おおぶりのイヤリングを着け始めた。鳥の羽根のタッセルが揺れて首に触れるたび、違う人間に生まれ変わったみたいだなと思う。


けもののつがいのように一緒に過ごしていたハチが遠い街へ長期出張に出てから、つとめて普通に健康的に暮らしている。たまに合鍵を使って家の換気をしたり、郵便ポストを整理したりと留守宅の面倒を見てやっては、借り受けた自転車を漕いでうちに帰る。はじめは乗り方がぎこちなかった自転車にもすっかり慣れた。

春に転職した職場も、気がつけば4ヶ月目を迎えていた。毎日たくさんの記事を書いて、仕事帰りに八百屋で野菜を買って、冷凍していた肉と一緒に炒めたりスープにしたりしたのを食べて、マリネやきんぴらの常備菜を仕込んでタッパーにしまう。少しビールを飲んで、調子が良ければ書きものをして、そうでもなければ長風呂をしながら本を読む。寝る間際に翌日のお弁当のおかずを詰めて水筒を洗って、2時くらいに眠りにつく。起きたら植物に水をやる。お弁当箱にごはんを薄く敷いて、味付け海苔を何枚かかぶせて、またごはんで薄く覆って、炒り卵やピーマンの炒め物をまぶした海苔弁を作る。水筒に冷たいお茶を注いで身支度をして、その日出すゴミ袋を携えて家を出る。職場の先輩に借りた本を少し読むうちに通勤電車が駅に着く。

 

出社したらまず淹れる濃くて熱いコーヒーと、カカオ度数の高いチョコレートとラムネ菓子で脳に餌を。北海道で買った六花亭のキャラメルは、記事を上げた時に1日2粒まで食べていい。色んな記事を書いているうちに、語彙や知識の引き出しが少しずつ音を立てて増えていくような心地になるのがすごく気持ちいい。どんどん武器が増えていくみたい。

頭を使う記事を書く時は、イヤホンで映画のサントラを聴きながら、イヤリングのスクリューを2周きつく巻く。耳たぶがきりきりと固く食い締められるぶんだけ、思考が澄むような気がする。孫悟空の頭の輪だ。


家にはひとつ鉢植えが増えた。セロウムという植物で、週に一度だけ80mlの水をやる。冬に買ったフィカスベンガレンシスの鉢はずいぶん大きく育って、気がつくと若くて柔らかい葉っぱが増えている。なにかを育てているとなんとなく自己肯定感が満たされるような気がして、花瓶のブーケを絶やさないよう小まめに水切りをしたり水に栄養剤を注したり、ベンガレンシスの大きな葉を濡れ布巾でぬぐったりしている。

小夏の皮をむいて煮詰めて作ったピールの砂糖漬けを瓶にストックして、小樽で買ってきたワイングラスの隣に並べた。グラスは緑がかったブルーと琥珀が混じった綺麗な色をしていて、ジンジャーエールで割ったテネシーハニーウイスキーを飲むときによく使う。たまにかき氷を作って食べるときも、このグラスに盛ることか多い。メロンシロップがグラスの色に映えて綺麗だ。


そうやって平穏に平凡に暮らしていたら、ふと、長く長く途切れていた縁がひとつ繋がった。歳を重ねていくと再会が増えるね。雨の降る七夕の夜だった。

その話もきっとまた追い追い。やっと夏が来る。